表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/49

第二十六話

数日後。

 俺たちはユーグラドで多額の「寄付(賄賂)」を払い、手元にあった身分証は、見事に真っ白な『一般市民』のものへと書き換わっていた。

 この世界のシステムがこうもあっさりとカードに適応されるのには驚いてしまう。


ルカとアイリも新しくユーグラドで身分証が発行され、そこにはしっかりと一般市民の文字が記されていた。奴隷の証である首輪のチョーカーも外れている。

 ……まあ、ツカサはもちろん外すのを拒否し、自らチョーカーをつけ続けて俺と『奴隷契約』を結びなおしているのだが。


そして俺たちはその足で不動産屋へ向かい、街の中心からは外れにある自然あふれる場所にそびえ立つ、かつて宿屋だったという手頃な割には広くて伸び伸び暮らせそうな中古物件を買い取った。


汚い水回りやほこりをかぶった内装、汚れだらけの外装までも、俺の【生活魔法】による高圧洗浄で、たった半日で新築同様に生まれ変わらせた。


「うおおおっ! すっごい! 本当に私たちのお家っすよ!」

「ふふっ、これなら誰の目も気にしないでゆっくりできるね」


畳だけはみんなで協力してすべて張り替えたので、ルカとアイリが嬉しそうにゴロゴロと寝転がり遊び、キッチンではツカサが買ってきたばかりの茶器で優雅に紅茶を淹れていた。


本来なら、ここから平和で堕落したスローライフが始まる――はずだった。


「……師匠。みんな」


ふと、畳に寝転がっていたルカが起き上がり、真剣な顔で俺たちを見回した。


「家が手に入って、身分も綺麗になって、めっさ嬉しいっす。でも……私、ずっと考えてたことがあるんすよ」

「どうした? 部屋の割り振りに不満でも――」

「違うっす。……『他の転生者』のことっす」


ルカの言葉に、淹れたての紅茶を運んできたツカサの手がピタリと止まった。


「あの地下オークションで、奴隷として売られてた人たちを見た時。私、何もできなかったのがすごく悔しかったんす。……それに、あの領主や金髪チート野郎がアイリさんを狙ったのを見て、嫌な予感がしたんすよ」

「嫌な予感?」

「はい。私たちみたいに、あのクソ神から『ハズレスキル』を押し付けられて、この理不尽な世界に放り出された日本人が、他にもいっぱいいるはずじゃないすか」


ルカはギュッと拳を握りしめ、痛ましそうに顔を歪めた。


「私たちみたいに、師匠に助けてもらえなかった人たちは……今頃、どこでどうしてるんすか?」


その問いに、居間がシンと静まり返った。

 答えは火を見るより明らかだ。


「……おそらく、大半はすでに魔素分解ができないなどの理由で死んでいる。俺はこの目でその一部始終を見たことがあるしな。それか、この世界の悪党の奴隷にされているのかもしれない」


「ルカ様。言いたいことは分かりますが、それは極めて非合理的で、リスクが高すぎます。私たちはようやく安全な拠点セーフティネットを手に入れたばかり。顔も知らない同郷の人間を探し出して救出するなど、利益リターンが全く見合わない慈善事業です」


ツカサが、冷徹な事実を淡々と口にする。


「分かってるっす……! 分かってるけど……っ!」


ルカが泣きそうな顔で、俺を真っ直ぐに見つめた。


「私たちだけが、あったかいご飯を食べて、安全なベッドで寝て。……それで本当に『勝った』って言えるんすか? 私、そんなの嫌っす! ハズレを引かされた人たちを見捨ててスローライフなんて、私の良心コンプライアンスが許さないっす!!」

「ルカちゃん……」


アイリが、ルカの震える背中にそっと手を添えた。

 アイリもまた、奴隷として鎖に繋がれ、自由を奪われた絶望を知っている。ルカの言葉が、誰よりも深く胸に刺さっているはずだ。


俺は、ルカの真っ直ぐな瞳を正面から受け止めた。

 合理的に考えれば、余計なトラブルを抱え込む必要はない。

 だが。


「……ツカサ」

「はい、ご主人様」

「さっき、この拠点のセキュリティを強化すると言ったな」

「ええ。そのつもりですが?」

「防衛設備だけじゃない。ベッドの数も、備蓄の食料も、思いつく限り増やしておけ。……大所帯になっても困らないようにな」


俺の言葉の意味を理解し、ルカの顔がパァッと明るく輝いた。


「師匠……っ!!」

「勘違いするな。俺は自分自身とお前たち3人の安全を何より優先する。これから助けるやつらは、その次だからな」


俺が照れ隠しにそっぽを向くと、アイリがふふっと優しく笑い、俺の腕にギュッと抱き着いてきた。

 ツカサは「やれやれ」というように大げさに肩をすくめ、眼鏡を押し上げる。


「……まったく。ルカ様の涙目に加え、ご主人様とアイリ様までその気になられては、このツカサ、従う以外の選択肢がありませんわね。分かりました。最強の『ハズレ枠救済(NGO)プロジェクト』を立ち上げましょう!」


俺とアイリもルカの提案に賛同し、拠点の方向性が決まった。

 だが、ツカサはふと眼鏡を指で押し上げ、その奥の瞳に冷徹な知の光を宿した。


「ですが、皆様。闇雲に救助へ向かう前に、直視すべき過酷な現実ファクトがあります。金髪転生男を縛り上げる際に盗んだ書簡と、『領主』の情報を照らし合わせ……この世界の転生者に関する、絶望的な市場分析セグメンテーションが完了しました」

「絶望的な分析?」

「はい。まず皆様ご存じの大前提として――あのクソ神の『転生実験』は、今回が初めてではありません。ご主人様を襲った領主は、過去のロットで転生し、すでにこの世界に根を張った『先代ベテランのチート転生者』です」


その言葉に、居間の空気が一瞬で引き締まった。


「先代のチート転生者たちは、すでに国々の中枢に入り込み、『チート同盟』という既得権益層を形成しています。そして彼らは、私たちのような『新入生』が神から送り込まれてくるサイクルをある程度把握している。……その上で、転生者たちは、極端な『3つの層』に分断されています」


ツカサはテーブルの上に、三枚の金貨を並べた。


「一つ目は、【即死・奴隷落ち層】。これが全体の約7〜8割を占めます。神の『デフォルト設定の罠』に気づかず、強力な魔法などにポイントを全振りした愚か者たちです」

「あ……」

「お察しの通りです。彼らは魔素分解ができず即死するか、言葉も身分証も持たないため、各国の奴隷市場で『言葉の通じない珍しい家畜』として先代転生者たちに買い漁られています。……私やアイリ様、ルカ様が落とされたのも、この関連かもしれません」

「……うん。私、言葉が分からなくて、気がついたら首輪をつけられてたから」


アイリが自分の細い首元をさすり、小さく身震いする。


「二つ目は、【ハズレ生存層】。全体の約1割。ご主人様のように、生存インフラ(言語や耐性)にはポイントを割けたものの、強力なチートスキルを取れなかった者たち。現在、スラム街や裏社会で搾取されながら必死に生き延びている層です。保護よりも支援していくべき顧客ターゲットとなります」

「じゃあ、残りの一割は……」


ルカの強張った声に、ツカサは最後の一枚の金貨を指で弾いた。


「三つ目。【チート無双層】。初期ポイントが多かったのか、最適解を引き当てたのか……必須ステータスと超強力なチートスキルの『両方』を手に入れたイレギュラーです。先代のチート同盟もこれに含まれます。彼らはこの層だけをスカウトして身内に引き入れ、残りのハズレ枠を娯楽や資源として容赦なく使い潰しています」

「……同じ日本人なのに、能力が低いってだけで、ひどいことをしてるってことっすか……!?」

「ええ。彼らにとってこの世界は、自分たちだけが気持ちよくなれるゲームサンドボックスですから」


ツカサの解説を聞き終え、俺はギリッと奥歯を噛み締めた。


ただのチンピラや魔物が相手ではない。

 俺たちがこれから戦い、同郷の人間を奪い返そうとしている相手は――すでにこの世界を裏から支配し、圧倒的な力と権力を持った『先代のチート転生者たち(チート同盟)』なのだ。


「まともに表から戦いを挑めば、国家反逆罪で軍隊を差し向けられ、あっけなくゲームオーバーです。少し前に私たちがそうなりかけたように……だからこそ、ご主人様」


ツカサが、俺を真っ直ぐに見据える。

 俺は自分が音頭を取るべきだと理解し、深く息を吐き出して立ち上がった。


「ああ。敵のデカさは嫌というほど理解した。……だからこそ、まずはこの拠点の『防衛力』と、俺たち自身の『スキル強化』と『魔道具集め』が急務になるな」


俺の言葉に、ツカサが満足げに微笑んで頷く。


「その通りです。チート同盟の連中は横の繋がりこそありますが、基本的には強力なスキルに物を言わせた『個人技ワンマンプレイ』が基本です。対して、私たちも個人の能力はそれなりにありますが……言葉を選ばずに言えば、『ピーキーな手札』の集まりですからね」

「ピーキーって……」


アイリが苦笑いする。だが、事実だ。

 攻撃手段の乏しい絶対防御ルカ

 回復と魅了と舞闘アイリ

 後衛特化ツカサ

 そして、一撃必殺の暗殺術を封印し「不殺」を縛りとしている俺の【生活魔法】。


「個の力ではチート同盟には勝てない。なら、俺たちは『連携シナジー』と『地の利』で戦うしかない、か」


俺は部屋の隅へ歩み寄り、畳の縁から板張りの廊下、そしてその先の地面へ向けて手をかざした。


「俺の【生活魔法】の真骨頂は、暗殺じゃない。文字通り『生活環境の構築と管理』だ。この家だけじゃない。俺の魔力でできた極細の『水脈パイプ』を、このユーグラドの街全体に張り巡らせる」

「街全体に、ですか?」

「ああ。地下水脈や下水、空気中の水分ともリンクさせる。街のどこに敵が侵入してきても、微細な魔力の揺らぎで即座に探知し、俺やお前たちに即座に異変を知らせる。いざとなれば、俺の意思で相手の足元を凍らせるなどして無力化できる『見えない蜘蛛の巣』だ」


ただの罠ではない、超広域の防衛・情報網。

 超視覚と聴覚を併用すれば、この街にいる限り俺たちは絶対に奇襲を受けない。


「……素晴らしい監視セキュリティシステムです、ご主人様!」

「だろ? だが、俺が網を張ってセンサーを作っても、完全な防壁にはならない。ここでルカ、お前の出番だ」

「わ、私っすか!?」


急に話を振られ、ルカがビクッと肩を揺らす。


「お前には、家の防衛のメインを張ってもらう。前回のレベルアップで、バリア内の空気の調整や、任意の物を通すことはできるようになったな」

「はいっす。息苦しくならないし、ご飯もバリア越しで食べられるっすよ」

「なら次は、その【絶対防御】を『家全体を包み込める大きさ』まで広げ、なおかつ『寝ていても常時展開できる』ようにしろ」

「えええっ!? 家全体を24時間!? そんなの集中力が……!」

「ルカ」


俺は、弱音を吐くルカの頭にポンと手を置いた。


「俺が敵を感知し、お前の絶対城壁でこの家を守り抜く。……お前が守ってくれるから、俺は誰一人殺さずに、不殺の誓を守れるんだ」

「師匠……」

「やってくれるか、ルカ」


俺が正面から頼み込むと、ルカは顔を真っ赤にして、それから両手で自分の頬をバチンッと強く叩いた。


「……やるっす! 私のコンプライアンスにかけて、寝言を言いながらでもこのお家を守り抜く、最強の引きこもり城壁になってみせるっす!!」

「ふふっ。私も負けてられないね。敵を完璧に釘付けにするステップ、もっと実戦で練習しなきゃ」


アイリもまた、闘志を燃やした瞳で笑う。

 アイリはこれから、新たに獲得した【舞闘技アイドル・ステップ】を武術として洗練させるため、ギルドに登録して街の外で魔物狩りを行うと言う。


「……で。ツカサ、お前はどうするんだ?」


俺が視線を向けると、ツカサは意味深に眼鏡を光らせ、ふふっと妖しく微笑んだ。


企業秘密コンフィデンシャルです。ですがご安心を。私とて、ただお茶を淹れているわけではありません。この理不尽な世界でご主人様を完璧にサポートするため……すでに何度か、私自身のスキルも『アップデート』を済ませておりますから」

「……レベルアップしたのか? 何のスキルがどうなったんだ?」

「ですから、秘密です。いざという時のサプライズ(隠し玉)ですからね」


ツカサは悪戯っぽくウィンクをした。

 全く読めない女だが、その頭脳に情報収集能力、なにより忠誠心(性癖)は誰よりも信用している。無理に聞き出すことはせず、俺は任せることにした。


「分かった。じゃあ、魔物狩りに出るアイリの引率とサポートはお前に頼むぞ。ルカもパーティの安全とレベルアップのために連れて行ってくれ」

「承知いたしました。ルカさんの魔力拡張と、アイリ様の実戦データ収集。完璧な育成カリキュラム(PDCA)を回してご覧に入れます」


* * *


翌日から、俺たちの奇妙な特訓生活が始まった。


アイリ、ルカ、ツカサの女性陣三人は、朝からギルドへ向かい、街の外で魔物相手にスキルアップの修行に明け暮れる。

 一方の俺はといえば。

 当面は街と家に引きこもり、超視覚で周囲を警戒しながら、ひたすら街の地下や大気中に【生活魔法】の水脈を編み込み、情報網を広げるという地味な作業に専念していた。


「……まるで、女に稼がせて留守番してるヒモだな、これ」


縁側で茶をすすりながら、俺は自嘲気味に呟いた。

 見えない魔力を神経のように街中へ張り巡らせる作業は、とてつもない集中力を要する。傍から見れば縁側でボーッとしているようにしか見えないのが難点だ。


だが、ツカサの言葉を借りるなら、これは必要な投資だ。

 『システム』は、転生者の「強烈な願望」や「精神的な方向性」を汲み取り、最適な形へレベルアップさせてくれる機能を内包している。

 アイリが「仲間と共に戦いたい」と強く望んでスキルをアイドルステップに昇華させたように。

 ルカが「みんなを守りたい」と強く願えば、必ずその絶対防御は無意識下でも家を覆うほどに進化するはずだ。


俺たちが望む方向性に、システムが力を与えてくれるのだとすれば。

 こうして明確な目標と役割を持って行動するのは、絶対に無駄にはならない。


「チート野郎どもに、凡人の意地を見せてやるか」


俺は冷たい水を一口飲み、さらに遠く、街の外壁まで俺の『水脈』の神経を伸ばしていった。

 チート転生者による理不尽への反逆準備。

 その最初の成果を試す時は、すぐ先の未来に迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ