間章~ふすまの向こう側~
———side ツカサ、ルカ
旅館の最上階、貸し切りのスイートルーム。
豪華な居間に敷かれた二組の布団の上で、ルカは頭からすっぽりと掛け布団を被り、ダンゴムシのように丸まって真っ赤になっていた。
「あわわわわ……っ! 師匠たち、絶対あっちの世界(オトナの階段)に登っちゃってるっす……!」
静寂に包まれた深夜の温泉街。
だからこそ、薄い紙一枚の襖の向こう側から漏れ聞こえてくる「衣擦れの音」や「アイリの甘い吐息」、そして「ナオキの低く雄々しい声」が、嫌でも耳に届いてしまうのだ。
「コンプライアンス! 私の倫理観が大破しそうっす! いくらなんでもふすま一枚は防音性がガバガバすぎるっすよー!」
両手で耳を塞ぎながらジタバタと暴れるルカ。
その隣で、ツカサは浴衣姿のまま正座し、モニタリングを行っていた。
その切れ長の瞳は、レンズの奥で獲物を狙う鷹のようにギラギラと光っている。
「静かに、ルカ様。現在、寝室にてご主人様とアイリ様の間で、極めて重要なM&A(魂の事業統合)が進行中です。同行者として、この歴史的瞬間の推移を見守る義務があります」
「ただの覗き見じゃないすか! ツカサさんの変態! ポンコツ眼鏡!」
ルカの罵倒などどこ吹く風で、ツカサは「ふむ」と知的な相槌を打つ。
「先ほどの夕食時の会話から推測するに、ご主人様は『魔法のライン』による味覚共有の応用編……すなわち、触覚と感情の完全同期(システム連携)を試みているようです。あれほどの質量を持つアイリ様と感覚をループさせれば、いかにご主人様といえど理性の防波堤が決壊するのは時間の問題かと」
『——止めないで。ナオキの熱、全部……私に、繋いで……っ』
襖の向こうから、アイリの熱に浮かされたような、決定的な声が響いた。
直後、軋む布団の音と、甘く溶け合うような微かな水音が居間にまで漏れ伝わってくる。
「ひゃあああっ!!」
ルカは限界を迎え、バッと布団から飛び出すと、耳を真っ赤にして部屋の隅で膝を抱えた。
「もうダメっす! アイリさんのあんな声聞いたら、こっちまで変な気分になってきちゃうっす! 私、まだピュアで健全な女子高生なのに!」
「……素晴らしい。シナジー効果が天元突破しています」
一方のツカサは、湯呑みを置き、深い感銘を受けたように眼鏡を押し上げた。
「ご主人様は、あの理不尽な神に感覚を奪われ、文字通り人間としての感性を落とされました。ですが今、アイリ様という最高のパートナーとの感覚共有を構築したことで、前世以上の熱量と人間性を取り戻しつつある……。ええ、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ」
ツカサから見た出会ったばかりの頃のナオキは、どこか諦めたような、冷たい目をしていた。
そんなご主人様の目も、ツカサとしてはご褒美だったのだが。
それが今、襖の向こうで不器用に、でも確かな熱を持って「誰かを愛し、愛されている」のを見て、
自分がまた別の意味で滾っているのを感じた。
「……ラインでつながるプレイ、悪くありませんわね」
「……えー、感想そこなんだー。まあ、師匠とアイリさんが幸せなら、私はいいっすけど……」
ルカがポツリとこぼし、優しい顔で笑った。
だが、ツカサはそこでギラリと眼鏡を光らせ、拳を強く握りしめた。
「ええ、喜ばしいことです。ですが、ビジネスにおいて『現状維持』は衰退を意味します! アイリ様に先行者利益を握られた以上、私も一刻も早く正式な身分(ご主人様の奴隷)を獲得し、夜の市場に参入しなければなりません!」
「……は?」
「明日です! 明日、即座にこのユーグラド国で身分をロンダリングし、強固な拠点を購入します! そして防音設備の整った地下室で、私もご主人様と濃厚なシステム連携を……ふふ、ふふふふっ!」
「……やっぱりこの人、ただのポンコツ変態っす」
怪しく笑うツカサを見て、ルカは盛大なため息をついた。
襖の向こうからは、相変わらず甘い声と熱い気配が途切れることなく続いている。
どうやら今夜は、4人全員が、一睡もできそうにない長い夜になりそうだった。




