第二十四話
金髪の転生者が、取り巻きを引き連れて、俺たちのいる二階バルコニーへと上がり込んできた。
奴は下劣な笑みを浮かべ、俺の腕にしがみつくアイリをねっとりと見つめる。
「お前、底辺のモブスキルしかないやつが、そんなSSR級の女を連れ歩いてんじゃねェよ。その女を置いてけ。そしたら見逃してやる」
「……断る、と言ったら?」
「あァ? 決まってんだろ。殺して奪うだけだ」
男が指を鳴らした瞬間。
奴の背後にいた護衛たちが一斉に剣を抜き、同時に男自身の手から無数の『魔法の矢』が放たれた。
「ルカッ!」
「任せるっす! 【絶対防御】!」
ルカが勢いよく返事をし、結界を展開する。
だが、男の魔法の矢は、ルカの結界を無数の針で『刺すように』突き刺さったまま、はじき返すことができない。
「チッ……! はじき返せない。チートスキルか」
「ご主人様! 結界が割れかねない持久戦はこちらに不利です! 仕掛けましょう!」
ツカサはそう叫ぶと、魔法で障壁を張りながら敵陣に突っ込む。
俺も結界から飛び出し、飛んでくる矢を水圧の壁で相殺しながら、一気に距離を詰めようと駆け出した。
だが。
「遅ェよ、グズ」
男の空間把握能力は、俺の初動を完全に先読みしていた。
俺が踏み込もうとした先の空間に、すでに男のカウンターの蹴りが置かれている。
以前の俺なら、あえて蹴りを骨で受け止め、その瞬間に相手の気管に水を発生させて『即死』させていた。
しかし――今は、ルカとの『不殺の誓い』がある。一撃必殺の暗殺魔法が使えない以上、手数をかけて無力化するしかないが、相手の空間把握チートの前では、そのわずかなタイムラグが致命傷になる。
「がッ……!」
「師匠ッ!?」
脇腹に重い一撃をくらい、俺は後方に吹き飛ばされた。
追撃の矢が俺の肩を掠め、血が舞う。
「……ナオキッ!!」
アイリの悲痛な叫びが響いた。
彼女は、俺が『不殺』の誓いを守るために、わざと決定打を撃たずにボロボロになっていくのを、痛いほど理解していた。
自分のせいだ。自分がトラブルを引き寄せたから。自分が足手まといだから。
(……嫌だ。もう、守られてるだけなんて、嫌だッ!)
アイリは強く唇を噛み締めた。
逃げ隠れして、誰かに庇われて生きるなんて、私が私を許さない。
私は、自分が一番輝くために、一番愛されるために、血反吐を吐くような努力をしてアイドルになった女だ。
この『魅了』の呪いだってそうだ。私から意志を奪い、周りを狂わせるだけの不気味なシステム。そんなつもりでとったんじゃない。私の力なんだ。私の力になれ。
……ふざけるな。私の武器は、私の魅力は、神なんかに強制されるものじゃない! 私自身のものだ!!!
(私が、私自身の力で……大好きな人を守るんだ!!)
アイリが、己の強烈なエゴを完全に肯定し、強く『力』を望んだその瞬間だった。
『『『【条件達成】
対象者『アイリ』の強烈な自己受容と、利他的エゴの拡大を確認。
スキル【超絶美少女アイドル】がレベルアップしました。任意で【魅了】の抑制(ON/OFF)、対象の【限定指定】が可能になります』』』
脳内に響く、無機質なシステムのアナウンス。
それは止まらない。
『『『【対象者の魂の形と、強烈な願望にスキルが呼応します】
――エクストラスキル【舞闘技】を獲得しました』』』
その瞬間。
アイリの身体を覆っていた黒いローブが、バサリと床に落ちた。
「なっ……!?」
金髪の転生者が、そして護衛たちが、息を呑んで動きを止める。
現れたのは、息を呑むほど美しい少女。
だが、彼らが驚いたのはその美貌にではない。先ほどまで周囲に垂れ流されていた異常な魅了のオーラが、嘘のように完全に『消え去った』ことによる戸惑いだ。そしてそれは、対象の限定指定により、一人の敵にすべて向けられていた。
「は、ハァ!? なんだお前、急にオーラが強く――」
「よそ見しないで。私が欲しいんでしょ?」
チート転生者が文句を言いかけた瞬間、アイリが【超絶美少女アイドル】のスキルを『一点集中』させて男の脳内に直接叩き込んだ。
対象を限定し、完全にコントロールされた魅了の直撃。
チート転生者の男の視界から、俺たちへの警戒が完全に消え飛び、アイリの姿しか認識できなくなる。
そして、アイリは踊るように床を蹴った。
「――っ!?」
それは、ただのダンスではない。
獲得したばかりの戦闘スキル【舞闘技】。
アイドルの過酷なレッスンで培われた体幹と、観客の視線を誘導する洗練されたステップが、スキルの支援を受けて完全に『武術』へと昇華されていた。
アイリは男の【絶対命中】の矢を、ダンスのステップで軽やかに、美しく躱していく。
空間把握チートでさえ、魅了によって視線を固定され、予測不能な『魅せる動き』に翻弄されて計算が追いつかない。
「くそッ、当たんねェ! なんだこの動き! ふざけんなッ!!」
「……ナオキッ! 今だよ!!」
男の懐に滑り込んだアイリが、華麗なターンを決めながら、男の意識を完全に自分へ釘付けにした。
――絶対的な死角。
アイリが命懸けで作ってくれた、その数秒の独壇場。俺が見逃すはずがなかった。
「ああ。最高のダンスだったぞ」
アイリの背後から、俺は音もなく跳躍する。
男が俺の存在に気づいた時には、すでに遅い。
俺は【生活魔法】で男の足元の石畳を凍らせて完全に固定し、がら空きになった顎の先端――脳を揺らす急所めがけて、全体重を乗せた水糸を巻いた掌底を叩き込んだ。
「ごばッ……!!」
白目を剥き、金髪の転生者が傀儡のように崩れ落ちる。
主を失った取り巻きの護衛たちも、俺とツカサの追撃、そしてルカの盾による突進で、次々と無力化させられていった。
ものの十数秒。一人の死者も出すことなく、バルコニーは完全に制圧された。
「……ふぅっ」
アイリが、ステージを終えた後のように小さく息を吐き、額の汗を拭う。
俺は彼女の元へ歩み寄り、気絶した男の手から転がり落ちた『幻影の指輪』を拾い上げた。
「……すげえな。まさか、アイリが前衛で戦えるようになるとは思わなかった」
「へへっ、どう? アイドルも捨てたもんじゃないでしょ?」
アイリが、少しだけ得意げに、でも照れくさそうに笑う。
「ああ。綺麗だった。……それに、魅了も完全にコントロールできるようになったんだろ? 周りを見ればわかる。もう、この指輪すらもう必要のないお守り代わりだ。落ち着いたらもっと見た目の綺麗な指輪を、ちゃんとした場所でプレゼントするからな」
俺は指輪を彼女の左手の薬指に、そっと嵌めてやった。
「うんっ……!」
指輪の力と、彼女自身のスキル制御により、アイリの異常な美貌は「少し可愛い普通の町娘」程度に偽装され、周囲を狂わせるオーラは完全に消え去った。
騒ぎを聞きつけた警備のギャングたちが、チート転生者を取り押さえている。
俺は事情を説明し、使うことのなかった大金の半分をチップとして払うことで、「巻き込まれた被害者」として事なきを得た。すべては金次第なのが助かる。
俺たちのやり取りを見ていたツカサが、倒れた転生者を警戒をしつつ縛り上げるのを手伝いながら、興奮気味に眼鏡を押し上げる。
「……素晴らしい。やはり私の仮説通りです」
「ツカサ?」
「あの神の悪意とは違い、この世界の『システム』は極めて優しく、ユーザーファーストに設計されています。アイリ様が『守られるだけでなく、アイドルとしての自分を武器にして共に戦いたい』と強く望んだからこそ、システムはそれを肯定し、最適な形へと進化させてくれたのでしょう」
ツカサの言葉に、俺とアイリは顔を見合わせた。
人を騙し、絶望に突き落とした神。
だが、俺たちの魂の輝きや、不器用な願いを拾い上げ、確かな力に変えてくれるシステム。
「……もし、神とシステムが別の存在だとするなら。俺たちがこの理不尽な世界で生き残るための道は、確かにあるってことだな」
「ええ。私たちは、最高で最強のパーティですわ」
ツカサがニヤリと笑い、ルカが「師匠! 早くこの男の懐からお金没収してトンズラするっすよ!」と麻袋を広げて駆け寄ってくる。
「そいつのは盗んでいいのかよ」と俺は小さく笑いながら、アイリの手を引いた。
「さあ、ずらかるぞ。今日は気分がいい。パーッと高級な宿にでも行くか」
「うんっ! 早く行こう!ナオキ!」
アイリのその飾らない笑顔は、今までで一番、力強く輝いていた。




