第二十三話
奪い取った大量の資金と『VIP招待状』を手に、俺たちは路地裏の物陰で作戦会議を開いていた。
「さて、ご主人様。これが黒犬商会が主催する地下オークションの全容です」
ツカサはいつの間に調達したのか、簡素な見取り図を地面に広げる。
「会場は闘技場の地下深く。参加者は全員が裏社会の重鎮や、他国から流れてきた指名手配犯など、札付きの悪党ばかりです。私たちはこのVIP招待状を使い、堂々と正面から『上客』として潜入します」
「正面からか。俺たちの素性がバレる危険はないのか?」
「問題ありません。ここは自由都市……金さえあれば素性など一切問われない、最高に資本主義的な素晴らしい街ですから」
ツカサは眼鏡を光らせ、俺たちそれぞれの役割を指差した。
「ご主人様には、成り上がりの『ギャングのボス』を演じていただきます。私はその秘書。ルカ様はボスの女か娘。そしてアイリ様は……」
ツカサの視線が、フードを深く被ったアイリに向く。
「ご主人様が所有する、『顔を見せることすら許されない最高級の愛玩奴隷』という設定で行きましょう。これなら、全身をローブで隠していても不自然ではありませんし、ご主人様に密着している口実にもなります」
「……愛玩奴隷」
アイリが小さく呟き、ローブの下でボンッと顔を赤くしたのが分かった。
だが、すぐにコホンと咳払いをし、俺の腕にギュッと自分から抱きついてくる。
「わ、わかった。ナオキのご主人様ぶり、期待してるからね」
「善処する。……ツカサ、目的の『幻影の指輪』が出品されるタイミングは分かるか?」
「おそらく目玉商品の一つとして、中盤から終盤にかけて登場するはずです。奪った資金で競り落とせれば御の字ですが、もし他の客と競り合って予算をオーバーした場合や、イレギュラーが発生した場合は……」
「俺とツカサの魔法で強奪プランに移行する。ルカ、その時はお前のバリアが頼りだ」
俺が視線を向けると、ルカは「悪者じゃない人からの盗みはダメっすよ!」と力強く胸を張っており、俺はため息をついた。
* * *
黒犬商会の地下オークション会場は、むせ返るような欲望と熱気に包まれていた。
分厚い鉄扉を抜け、VIP招待状を見せて通されたのは、すり鉢状になった会場を見下ろせる二階の個室バルコニーだった。
眼下のステージでは、煌びやかな服を着たオークショニアが、次々と違法な品物を競りにかけている。
呪われた魔剣、出所の知れない古代の遺物、そして――首輪をつけられた亜人の奴隷たち。
「……っ」
ルカがバルコニーの手すりを強く握りしめ、顔を青ざめさせていた。
彼女の「悪党からしか奪わない」という義賊的な正義感にとって、目の前で繰り広げられる人身売買の光景は、吐き気を催すほどの悪意そのものだっただろう。
「師匠……あの子たち、助けられないんすか……?」
震える声で尋ねるルカに、俺は冷酷な事実を告げるしかなかった。
「無理だ。今ここで騒ぎを起こせば、数千人のマフィアや住人を敵にすることになる。お前の『不殺』の条件を守ったまま奴隷を連れ出すのは、不可能に近い」
「でも、絶対防御があれば」
「一時的には助け出せても、この場にいる人間をすべて殺さないということは、一生追いかけられるということだ。お前の絶対防御を24時間365日展開させて、助けた奴隷を養うのか? そんなことになれば、アイリの魅了どころじゃない」
俺の言葉に、ルカはギリッと唇を噛み締めた。
自分の「誰も殺さない」という理想が、時には目の前の理不尽を見過ごす手枷になるという現実。それを突きつけられ、彼女は己の無力さに打ちひしがれているようだった。
「……ルカ様。ビジネスにおいて、リソースの分散は愚の骨頂です」
ツカサが、ルカの肩にそっと手を置いた。
「今の私たちの最優先事項(KPI)は、アイリ様の隠蔽アイテムを手に入れること。世界中のすべての悪を裁くのは、私たちがもっと強大で、圧倒的な資本を手に入れてからのお楽しみにとっておきましょう」
「……はいっす」
ルカは悔しそうに頷き、ステージから目を逸らした。
その時だった。
『――さあ皆様! お次はお待ちかね、本日の目玉商品の一つ!』
オークショニアの甲高い声が会場に響き渡り、ステージの中央に仰々しい装飾が施された小さな木箱が運び込まれてきた。
『かの古代帝国で作られたとされる国宝級の魔道具! 装備者のステータス、気配、そして容姿すらも完璧に偽装する至高のアーティファクト……【幻影の指輪】でございます!』
木箱が開けられ、ビロードの布の上に置かれた銀色の指輪が姿を現した。
その瞬間、会場の空気が一気に張り詰める。
あれさえあれば、アイリは厄介な【魅了】のパッシブ効果を完全に抑え込み、普通の女の子として街を歩けるようになる。俺たちの喉から手が出るほど欲しいターゲットだ。
『開始価格は金貨七百枚! さあ、どなたか――』
「金貨五千枚」
オークショニアの言葉を遮るように、会場の一階――最前列のVIP席から、ひどく間延びした、傲慢な若い男の声が響いた。
開始価格の七倍以上という異常なレイズに、会場中がどよめく。
俺が超視覚で声の主を捉えると、そこには派手な貴族の服を着崩し、両脇に奴隷の女たちを侍らせている金髪の男がふんぞり返っていた。
「……ツカサ。あの男、お前の右目で見えるか?」
俺の問いに、ツカサの顔から、スッと笑みが消えた。
「……はい。あの男……あふれ出ている魔力が、この世界の基準を大きく逸脱しています」
「チート転生者。俺たちより前に転生してきていた、あの領主と同じだろうな」
「ええ」
ツカサの言葉に、俺は舌打ちをした。
正直言って、前回勝てたのは奇跡のようなものだ。できればチート転生者との争いは避けたい。
だが奪った資金の全額は、金貨三千枚がいいところだ。まともな競り合いではもう負けが確定している。
「あの男が指輪を落札した後、会場から出るタイミングを狙って、俺が生活魔法の糸で一瞬で強奪する」
「了解しました。私がテレポート先を設定しておき、退路を確保します」
俺たちがヒソヒソと作戦を練り直している間にも、金髪の転生者はそのままあっさりと『幻影の指輪』を競り落とした。
だが、事態は思わぬ方向へ転がり始める。
「……ん?」
指輪を受け取った金髪の転生者が、ふと、二階のバルコニー――俺たちのいる個室の方へと顔を向け立ち上がったのだ。
奴の何らかのチートスキルが、会場内の微細な魔力の揺らぎを感知したのだろう。
いや、正確には。
「……おいおい、マジかよ。こんなスラム街の地下に、とんでもねェ『極上』が隠れてやがるじゃねェか」
そう叫ぶ男の視線は、俺ではなく、俺の腕に抱きついているアイリに真っ直ぐ突き刺さっていた。
黒ローブで隠していても、アイリの【魅了】のオーラを、そのチート能力で完全に嗅ぎ取られたのだ。
「ごめん、なさい……。また私の、せいで……っ」
アイリがガタガタと震え、俺の腕にすがるように爪を立てる。
男はニヤァッと下劣な笑みを浮かべると、指輪を持ったまま、取り巻きを引き連れて、ゆっくりと二階のバルコニーへと続く階段を上り始めた。
「……面倒なことになったな」
俺はため息をつき、ルカとツカサに目配せをした。
不殺の誓いを守ったまま、あの狂ったチート転生者を相手にする。
ハードモードの戦闘が、今、始まろうとしていた。




