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第十六話

ギルドの応接室はすでにもぬけの殻だ。領主は瞬間転移テレポートのようなレアスキルかアイテムか何かで、すでに別の場所へ移動しているようだった。


俺は自身からアイリへと伸びる『魔法のライン』をたどりピントを合わせ、その終着点である領主の館へ向かって王都を走りながら、脳内に響いたとあるアナウンスの確認をしていた。


『『『【条件達成】

 対象者『ナオキ』の精神的渇望と、一定回数の魔力行使により、【生活魔法】のレベルがアップしました。』』』


俺の魔力操作は、さらに以前とは比べ物にならないほど格段に精密になっているのを感じていた。


「止まれ。これが領主の館だ。かなり広いから正確にスキャンし直す。待ってろ」


俺が低く囁くと、ツカサとルカが壁の影に身を潜めた。

 俺は【超視覚】のピントを調整し、石壁を透かして敷地内の様子をマッピングする。


「正面ゲートには完全武装の洗脳衛兵が二十。巡回ルートにさらに三十。厄介なことに魔法使いの姿もあるな」

「……どうするんすか、師匠。私がいきなり【絶対防御】を張って突っ込むことは可能ですけど、あのバリア、光るからめちゃくちゃ目立つっすよ」


ルカが、小声で尋ねてくる。

 ゲーマー視点のルカが正しい。光る球体で堂々と侵入すれば、たちまち敷地中の衛兵のヘイト(敵視)を集めることになる。


「ああ。それに、一番厄介なのは護衛の数じゃない。敷地全体に、目に見えない高密度の『魔法陣のトラップ』が張り巡らされている。恐らく、侵入者を感知して何らかの自動迎撃するといった類の防衛システムだ。奴に気づかれる前に寝首を掻きたいが、難しいかもしれないな」


俺が冷徹に状況を分析すると、ツカサが眼鏡をキラリと光らせて進み出た。


「ご主人様。その魔法陣の『魔力の流れ(導線)』は、どこに向かっていますか?」

「流れ? ……待てよ。網の目のような魔力線が、すべて中庭の地下にある『一つの巨大な魔力結晶』に繋がっているな」

「ビンゴです」


知力Lv5のツカサは、ニヤリと不敵なコンサルスマイルを浮かべた。


「あの成金領主は、強力な防衛システムを構築したつもりでしょうが……すべての電源を一つのコアに依存する設計は、リスク管理の観点から言えば致命的な『単一障害点(SPOF)』です。洗脳した手駒(社員)に権限を与えたくなかったゆえの、ワンマン経営の末路ですね」

「……つまり、どういうことだ」

「私が【古代魔法】で、その地下のコアだけをピンポイントで『過負荷オーバーロード』させます。防衛システムは完全にダウンし、同時にコアに溜まっていた魔力が中庭で大爆発を起こす。……これなら、私は敷地の外から動かずとも、中庭にすべての警備リソースを引きつける完璧な『内部炎上デコイ』を演出できます」


なるほど。単に外から攻撃するのではなく、敵のインフラ自体を破壊して内部から混乱を引き起こすのか。圧倒的な火力を精密なハッキングツールとして使う。


「さすが元コンサルの見事なプレゼンだ。採用する。……だが、お前の位置からじゃ地下にあるコアの正確な座標は視認できないはずだ。魔法は『視えなければ』ピンポイントで撃ち込むことはできない」

「そこは、ご主人様の音声指示に合わせて大体の位置を――」

「いや、大体の位置じゃダメだ。それだと防がれる可能性がある。それに威力がデカいなら、少しでもズレればアイリや俺たちまで巻き込まれる可能性もある。……俺の視覚を直接共有する」


俺は言葉を切り、彼女を真っ直ぐに見据えた。


「だが、これにはかなりの痛みが伴う。もしかすると眼球が破裂したり、脳が負荷に耐えられず死ぬかもしれない。それでもやってくれるか」


俺が真剣な声音で最悪のリスクを告げると、ツカサは一瞬だけ目を丸くし――やがて、その端整な顔にゾクッとするような恍惚の笑みを浮かべた。


「……ふふっ、あははっ! ご主人様、この私に向かってずいぶんと愚かな質問ナンセンスをなさるのですね」

「何がおかしい」

「眼球の破裂? 脳の死? ……ブラック企業において、上司の無茶振りによる過労死オーバーワークは名誉ある勲章です。それに、ご主人様の身体の一部が私の視神経に直接入り込み、脳髄の奥深くまで繋がるなんて……奴隷(ヒラ社員)にとって、これ以上ない最高の福利厚生じゃありませんか!」


頬を紅潮させ、荒い息を吐きながらツカサが一歩前に出る。

 狂っている。だが、その狂気の中には、前世のエリートとしての絶対的な自信が裏打ちされていた。


「それに、私の演算能力スペックを見くびらないでください。知力Lv5の脳は、ただ魔法の威力を上げるための飾りではありません。ご主人様の視る世界ビジョンの莫大な情報量……私の頭脳で、一滴残らず完璧に処理してみせます」

「……強がりじゃ、ないんだな。ツカサ、お前にはリスクを冒してまで俺に付き合うほどの義理はないはずだ」

「いえいえ。むしろ、経営者(ご主人様)と同じビジョンを共有できないまま適当な仕事をする方が、コンサルタントとしては死ぬよりも屈辱です。私の今までの生き方を、否定なさるおつもりですか?」


ツカサは自ら掛けていた眼鏡を少しだけズラし、自らの指で右目を大きく見開いてみせた。


「さぁ、遠慮は無用です。私の右目に、ご主人様の『直接指示』を激しく突き立ててくださいませ……っ!」


その歪で、しかし一切のブレもない信念。

 俺は小さく息を吐き、


「……分かった。歯を食いしばれ」


と短く告げた。


俺は指先から極細の『水の糸』を伸ばし、ツカサの掛けている眼鏡の奥――彼女の右眼の眼球、その白目の毛細血管へと直接、極細の針のように接続した。


「くぅっ……!」


ツカサが微かに痛みに顔を歪め、片目からツツーッと一筋の血混じりの涙を流す。

 ただの水ではない。光ファイバーの要領で俺が見ている光の屈折を水の糸に閉じ込め、進化した『精密な魔力操作』によって、ツカサの視神経へとダイレクトに流し込む。生物の構造を無視した、あまりにもグロテスクな接続インターフェース


だが、激痛を伴うはずのその接続の先で。

 ツカサの脳内には、俺の【超視覚】が捉えている壁越しの透視映像――地下で脈打つ魔力結晶の正確な座標が、確実な映像として直接焼き付けられていた。


常人なら、突然他人の視覚情報(しかも壁を透視する異常な情報量)を脳に直接ぶち込まれれば、処理しきれずに発狂するか気絶するだろう。

 だが、知能Lv5を誇るツカサの演算能力だからこそ、この強引な同期に耐え、己の視界として完璧に処理できるのだ。


「あぁっ……ご主人様の一部が直接私の眼球を犯し、視神経まで完全に同期シンクロするなんて……! 痛くて、凄まじい情報量で……脳が焼き切れそうです! これなら地下のコアがはっきりと『視え』ます。ミリ単位の誤差も生じない、完璧な狙撃が可能です!」


痛みを上回る恍惚とした表情で、ツカサは頬を真っ赤に染め上げた。


「ご主人様のため、この身を挺して敵のヘイトを一身に集める……あぁっ、なんて素晴らしいブラック労働! このツカサ、完璧な炎上案件デコイを演出してみせます!」

「頼むぞ。死ぬなよ」

「ふふっ、ご心配なく。私を誰だと思っているのですか」


ツカサは右目から一筋の血を流したまま自信満々に微笑むと、気配を殺して敷地の側面の死角へと闇に紛れていった。


残されたのは、俺とルカの二人。


「ルカ、ここからは一瞬の遅れも許されない潜入だ。ツカサがシステムを落とした瞬間に、手薄になった裏口から侵入する。道中の敵は俺の【超視覚】と【生活魔法:水出し】のサイレントキルですべて排除する」

「了解っす。私は師匠を守りながらついてけばいいっすね」

「そうだ。そしていざ領主の部屋に踏み込んだとき、お前の【絶対防御】で俺たちとアイリを保護する」


異世界転生のチート領主。俺たちよりずっと前に転生しているやつかもしれない。

 簡単な相手ではないだろう。


「……信じてるっすよ、師匠。助けていただいた私の命、預けますから」


言いながらルカがギュッと拳を握りしめる。その拳は震えていた。


「ああ。だが命まで預けなくていいし一人で逃げたっていい。この後何があってもお前のことは必ず守ると約束するから安心しろ」


俺がそう告げた、直後だった。


『――さぁ! 脆弱なセキュリティのツケを払うがいいですわぁぁっ!!』


敷地の向こう側から、ツカサの狂気じみた高笑いが響く。

 通常、攻撃魔法というものは術者の手元から放たれ、対象へ向かって飛んでいく。だが、今の彼女の視界には、俺の【超視覚】を通して地下深くにある『魔力結晶コア』の姿がはっきりと直接「視え」ていた。


視認データリンクできている以上、間に物理的な外壁や何メートルもの分厚い地面があろうと関係ない。俺が相手の気管の中に直接水を発生させるのと同じ理屈だ。

 知力Lv5の恐るべき演算能力によって座標を完全にロックオンしたツカサは、圧倒的な威力を誇る【古代魔法】を、地下のコアの『内部』へ直接発生スポーンさせたのだ。


次の瞬間。


『ピピピピッ……ピィィィィィィッ!!』


敷地全体を覆っていた見えない魔法陣が、許容量を大きく超える外部魔力を中枢に直接流し込まれたことで、一斉に不快なエラー音を鳴らして赤く明滅し――直後、中庭の地下から大地を揺るがすような大爆発が巻き起こった。


『ドガァァァァァァンッ!!』


「な、なんだ!? 中庭の魔力炉が爆発したぞ!?」

「システムダウン!? 侵入者か、全員中庭へ向かえ!!」


狙い通りだ。自動防衛システムが完全に沈黙し、館の裏門周辺を警備していた衛兵たちが一斉に配置を離れ、パニック状態で中庭へと走り出していく。


俺の【超視覚】が、裏門の警備と魔法トラップが完全に『ゼロ』になった瞬間を捉えた。


「――スタートだ、ルカ」

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