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第十四話

翌朝。目覚めると、俺の腕の中にすっぽりと収まったアイリが、スゥスゥと心地よい寝息を立てていた。


治癒魔法のレベルアップに伴い復元された『温度感覚』。おかげで、腕の中の彼女の体温が、俺の冷え切っていた身体と心をじんわりと満たしていくのが分かる。


(……驚くほど、よく眠れたな)


昨日、人間を惨殺したというのに。彼女の鼓動を聞いているだけで、不快な血の記憶はすっきりと薄れていた。

 恋愛感情というのとは、少し違う気がする。だが、あの死の境目のなかで救いの言葉をくれたアイリという存在が、『絶対に失いたくない存在』になっていることだけは、否定しようがなかった。


「んんっ……おはよ、ナオキ」


目をこすりながら起き上がったアイリに、「おはよう。よく眠れたか」と短く返し、俺たちは身支度を整えて隣の部屋へと向かった。


扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。


「さぁ、ルカ様! ご主人様からお預かりしたこの私が、完璧なポートフォリオで貴女の健康を管理いたします! まずはこの異世界産ハーブティーで……」

「ひぃぃっ!? ツカサさん、怖い!!」


ベッドの隅でガタガタと震える女子高生――ルカを、眼鏡を光らせたツカサが甲斐甲斐しく(かつ少し変態的な熱量で)世話を焼いていた。


「ツカサ、やりすぎだ。怯えているだろうが」

「あっ、ご主人様! おはようございます! 申し訳ありません、優秀なコンサルとしてメンテは完璧にと……!」


俺の姿を見た瞬間、ルカの顔が再び青ざめた。


「ひっ……! さ、殺人鬼……!」


俺はため息をつき、木椅子を引き寄せてルカの正面に座った。その時、隣に立つアイリから一瞬、殺意のようなものを感じたが気のせいだろうか。


「落ち着け。俺はお前を殺さない。……それより、お前、前世で何か全国レベルの大会で優勝したり有名人だったりしたか?」

「えっ……? なんで、殺人鬼さんがそれを? ゲーム大会で優勝したことはありますけど……」


俺の言葉に、ルカは驚いたように目を丸くした。

 俺はルカの【結界】のような強力なスキルから、ボーナスポイントが多かったのだろうと推測していた。アイリの例からして、何かしら前世で活躍をしていればポイントは多く付与されるはずだからだ。

 と、そこでアイリが我慢ならないといったように声を上げた。


「あの、ルカさん、でしたっけ? さっきから殺人鬼殺人鬼って……ナオキさんはあなたの命の恩人ですよ? 失礼じゃないですか?」


珍しく敬語だ。完全にアイリがキレるとこうなるのか。非常に恐ろしい。


「す、すいませんでした! 私、なんでも思ったことをすぐ口にしちゃうタイプで……それで友達も少なくて、ゲームばかりやっててゲームだけは強かったっていうか……っ」

「構わない、俺は気にしてない。アイリ、まだ異世界に慣れてない未成年だ。仕方がないさ」


俺が宥めると、アイリはむすっとして、そのまま一歩引き下がった。

 深々と頭を下げるルカ。だが、当面の問題は彼女の【結界】の燃費(酸欠)だ。


「さてツカサ、昨晩のうちにルカの能力については聞いているな?それを詳しく見せてくれ。お互いに、どこまでデフォルト設定の罠を回避しているかも共有しておきたい」


【名前】 ルカ

【獲得ボーナスポイント】 950pt(eスポーツ全国優勝などの実績)


【取得したもの】

『絶対防御』:500pt

(展開中、あらゆる物理・魔法・環境干渉を完全に遮断する無敵の結界)


『魔素変換(中級)』:300pt

(対象の魔素を分解し、無効化または無害化し、自身の魔力に変換する)


五感は全て取得、ステータスもバランスよく配分。


【未取得】

『情報(言語パック)』『生活魔法』などの生活基盤スキルがなし

『身分証』がなし


「……見事なまでの『ゲーマー脳』だな」


ステータスを聞き終えた俺は、思わずため息を吐いた。


「えっ? ダメですか、この構成ビルド……。私的には、無駄がなくてめちゃくちゃ理にかなってると思ったんですけど」

「いや、ダメというわけじゃない。なるほど、魔素分解系のスキルを取ったのは大正解だ。デフォルト設定で何も取らないと、大気中の魔素が分解できずに俺たち異世界人は内側から壊れて死ぬからな」

「……えっ、死ぬ!?」


ルカが顔を引き攣らせた。

 俺は淡々と事実を告げる。


「ああ。この世界でもわずかな人間はそうやって生まれ、すぐ死んだり、後天的に発症しても高価な薬を飲み続けないと死ぬらしい。お前が無意識に『バリアの時間延長』として取ったのであろう魔素変換が、結果的に異世界の環境適応の役割を果たして命を繋いだわけだ」

「な、なんでお兄さんはそんなこと知ってるんですか……?」


ルカが目を丸くして尋ねてくる。


「まあ、『視た』からな。それに、社会知識(一般常識パック)を脳に直接ダウンロードできるものが選択できたろ。俺はそれにポイントを割いた」

「あ……」

「お前は戦いのほうにポイントを振りすぎだ。いいか、ここはゲームじゃないんだぞ」


俺がロジカルに説教を落とすと、ルカは急にシュンと肩を落とし、自分の首にはめられていた奴隷のチョーカーを触った。


「そ、その通りっす……。私、どうせNPCの会話なんてなんとかなるだろうし、アイテム買えば済むと思って、いろいろ切り捨てちゃったんすよ」

「わからないでもないが、結果としてはミスだったな」

「はい……。こっちに来たら、マジで言葉が1ミリも通じないんすよ。クエストも受けられないし、水一杯頼めない。そのうちお金も尽きて、親切そうな現地人について行ったら、そのまま奴隷商人に売られて、あのやばそうな人たちのところに……」

「情報弱者が搾取される。現代社会でも異世界でも同じ理屈だ」


項垂れるルカを見て、アイリは怒っていたのも忘れ、自分も同じようなものだとうなずきながら感傷的になっている。

 ツカサに至っては「フッ、生活インフラへの投資を怠るとは、浅はかな事業計画でしたね」と自分のことは完全に棚に上げ眼鏡を光らせてマウントを取っていた。


「だが、お前の敗因は情報弱者だったことだけじゃない。もう一つ、決定的な現実リアルの計算違いがある」

「えっ、計算違い?」

「ああ。『絶対防御』の仕様だ。魔素変換で時間を延ばそうとしたのは良いアイディアだが、お前が張った結界は、物理攻撃や魔法だけでなく、外部の『空気』すらも完全に遮断する完全密閉空間だ。敵の攻撃を防げても、窒息死する。俺の視力で確認したから間違いない」

「……えっ?もしかして苦しかったのって」


ルカの口がポカンと開いた。

 自分がなぜ盗賊の前で結界を張りながら、息苦しくなって気絶しかけていたのか。その『仕様バグ』の正体を、今になってようやく理解したらしい。


「嘘……でしょ? 無敵バリアって、息できないの!? なにそれ、完全なクソゲーじゃん! 私、500ポイントも払って自分専用の『棺桶』買っちゃったってこと!?」

「そういうことだ。これも神が仕組んだ、悪意のあるデフォルト設定の罠(地雷)なのかもな」


頭を抱えて「あーっ! 私の500ポイントがぁぁぁっ!」とベッドの上をのたうち回るルカ。

 だが、このピーキーすぎる『棺桶』も、俺のロジックを組み合わせれば最強の盾に化ける。


「安心しろ。お前のその『棺桶』も、俺の魔法と組み合わせれば実用的な『無敵の盾』として運用できるはずだ。アイディアはある」

「えっ、ホントですか!?」

「ああ。結界の仕様を検証するぞ。ルカ、バリアを張れ。アイリ、ツカサ、俺は外側にいるから、二人は中に入れ」


ルカが展開した光の球体の中に、アイリとツカサが足を踏み入れる。

 弾かれることなくすんなりと入れた。『許可された人間(およびその装備)』なら、招き入れることができるらしい。

 だが、案の定息苦しくなってきたみたいだ。外部の『空気』といった環境要因は、システムによって徹底的に遮断されてしまうのか。それとも神が悪意をもって酸素だけを弾くように設計したのか。


「俺が結界の外から【生活魔法:水出し】で酸素を含ませた水を送り込もうとしても、ただの魔法は『干渉(攻撃)』とみなされて壁に弾かれる、か。……いやまだだ、諦めなければ必ずシステムの認識の穴は突けるはずだ」


俺は自分の指先を舐め、唾液を混ぜた【生活魔法:水出し】をルカの結界に触れさせてみた。すると、わずかだが水が結界を通り抜けたのだ。


「な、なんか今、入ってきましたよお兄さん!?」

「ああ。ただの魔法は弾かれるが、俺の『唾液』を混ぜることで、システムがこれを『許可された人間の一部』だと誤認した。……これなら」


俺は【生活魔法:水出し】を発動し、宙に「細い糸のような水流」を生み出した。

 そして、その水流の片方を自らの口に含み、もう片方の端を、ルカの口元へと伸ばした。


「んんっ!?なんですかこれ!?」

「口を開けろ。この水流をお前に接続する」


ルカの口内に水流が接続された瞬間、俺は空気とともに自分の呼気、そして唾液を混ぜた『高濃度の酸素魔法水』を、糸のような水流を伝わせて彼女の口へと送り込んだ。

 魔法で形作られた水のラインはゴムのように伸縮し、決して切れない。美しくつながる魔法のライン。

 息を吹き込まれたルカの顔が、驚きに目を見開いた。


「ぷはっ!? これ、苦しくなくなったっす!息できるの凄いっす!!けど……でもこれ、実質的に体液と息がダイレクトに注ぎ込まれる、ブルートゥース間接キスじゃないですか……っ!」

「すごいネーミングだな。さすが女子高生と言ったところか。だが、生存の問題だから我慢しろ。アイリ、ツカサ。いざという時のために、お前たちも俺からの酸素供給のパスを繋ぐのに慣れておけ」


俺が真顔で命令すると、ツカサは「ご、ご主人様の吐息と体液を直接この身に……! ありがとうございますぅぅっ!」と喜悦の涙を流しながら見えない水の糸に噛みつき、アイリは顔を真っ赤にして「な、ナオキのえっち! でも……んっ、苦しくない……」と、茶化しながら俺からの酸素を受け取った。


密室の結界内で、俺の呼気という『鍵』を介して息を繋ぐ。

 これで『実用的な無敵タンク』の完成だ。そのあともいろいろな実験をしてみる。


「よし、動いたり距離を置いたりしても問題なさそうだな。しかも同じ要領で、この魔法のラインを通して離れていても糸電話のような会話までできるとは。大成功だ。……よくやったな、お前たち」


生活魔法で、より精密なことや応用が長時間できるようになっている。

俺の生活魔法も、知らぬ間にレベルアップしていたのかもしれない。

俺は口元を拭い、息を弾ませる三人を見渡した。


「さて。昨晩ツカサがお前に説明した通り、身分証のない人間がこの街で普通に生きていくためには、俺と『奴隷契約』を結ぶ必要がある。構わないな?」

「ご主人様を信じてすべてを委ねれば大丈夫ですよっ!」


ツカサがフォローなのかなんなのか分からないことを言う。

 ルカは少しだけ肩をすくめ、コクリと頷いた。


「奴隷っすか……まあ、身の安全のためなら。分かったっす」


形式的な契約魔法が終わり、ルカのチョーカーに俺を主とする隷属のシステムが刻まれる。


「そして、今後はそれぞれバラバラに動くことも多いと思うが、もし協力しないといけない事態になった際、この四人でパーティとしてやっていこうと思う。……異論がある奴はいるか?」


「ないです! よろしくっす、師匠!」

「私はナオキにどこまでもついていくよー!」

「ご主人様、粉骨砕身よろしくお願いいたします!」


女子高生のルカに【師匠】と呼ばれた気がするが、まあいい。

 お互い少し(というか、かなり)変なところもあるが、良いパーティになりそうだ。俺の心の中に、今まで感じたことのない穏やかな充足感が広がっていた。


「よし、それじゃあ、いったん解散だな。色々あった次の日だ。今日はとりあえず休みにしよう」


そう言ってから、俺はアイリの方へと向き直った。


「というわけでアイリ。今日は少し、転生者探しを休むが構わないよな」

「う、うん?」

「昨日のお礼をしたい。……アイリが食いたいものでも食って、街を見て回ろう。デートみたいなもんだ」


俺が少し照れ隠しに視線を逸らしながら言うと、アイリは顔を真っ赤にして「えっ! う、うんっ! 行く!」と勢いよく頷いた。

 後ろでルカが「ヒューッ! 師匠やるぅ!」と冷やかし、ツカサが「ご主人様のご寵愛……計算外です……!」とハンカチを噛んでいる。


「そのための資金がいる。まずは冒険者ギルドへ行くぞ。盗賊を殲滅した報酬はきっちり払ってもらわないとな」


それが、最悪の悲劇の始まりになるとも知らずに。


俺たちは軽口を叩き合いながら、冒険者ギルドへと向けて歩き出した。

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