ネット恋愛――辛(から)
曉雨が筱月に、あの言葉を告げてから——
「私たちの関係は、文字の上で一番美しい。
会ってしまえば、その純粋な魔法は失われる。」
彼女は二人の間に残された最後の扉を、そっと閉め、
そして静かに鍵をかけた。
筱月の返事は、
軽く放たれたはずなのに、骨の奥まで冷たく刺さる一撃だった。
「もういい。会えなくても、別に惜しくない。」
それ以来、メッセージ欄は沈黙した。
冬の夜に凍りついた湖面のように、
一切の波紋を許さずに。
それでも時折、筱月は無意識のうちに
アプリ「心語」を開いてしまう。
指先は画面の上で宙に止まり、
ためらう蝶のように、一秒、二秒——
そして何事もなかったかのように、離れていく。
期待はしない。
けれど、完全に手放すこともできない。
デリバリーアプリを行き来しながら、
今夜はチャーハンか、それとも麺類かと悩む。
そんな取るに足らない迷いを、
もう共有できる相手はいなかった。
職場では相変わらず、
同僚の崩れ落ちる涙を、羽毛のように柔らかな声で受け止める。
その裏で、自分一人が、
千斤の陰を抱え込んでいることも知られずに。
——そんなある深夜。
「心語」のチャット画面が、
心臓を取り戻したかのように、静かに灯った。
雨:
「いる〜?(ハムスターひょこっ)」
筱月の指が止まる。
電流に撃たれたように。
あり得ない幻覚を見るかのように、
その一行を見つめる。
迷い、葛藤し、拒絶して——
彼女はスマホを伏せ、闇に沈めた。
だが、相手は諦めなかった。
雨:
「今日は何食べたの?」
その瞬間、筱月は画面を滑らせ、
まるで剣を抜くようにチャットを開いた。
筱月:
「私が何食べたか、あなたに関係ある?」
沈黙が、潮のように押し寄せる。
そして筱月は、自ら口火を切った。
甘えでも、懇願でもない。
氷で研がれた嘲笑だった。
筱月:
「また新しいハムスターのアイコンにしたんでしょ。
可愛いよね、安全だし。
だって、誰も“画面の中のハムスター”には触れないもの。
上手に隠れてる。見事に逃げてる。
影すら、私にはくれない。」
曉雨は場を和らげようと、
小さな花のスタンプと、微笑みを送ってきた。
だが筱月は、それらを紙を裂くように、
一枚一枚、容赦なく引き裂く。
筱月:
「もうやめて。
『文字が一番美しい』んでしょ?
いいよ、じゃあ文字遊びをしよう。
今、答えて。
あなたはどんな顔?どこにいる?——誰なの?」
送信された瞬間、世界が止まる。
「入力中……」の文字だけが、
瀕死の脈拍のように点滅し続け、
決して確かな形にならない。
筱月は、冷笑するように追い打ちをかける。
「怖い?
それとも……
勇気のふりをする資格さえ、
コードの裏に隠れたあなたにしかないの?」
言葉は、次第に深く沈み、
心の亀裂から、身体の境界へと滑り落ちていく。
彼女は、押し殺してきた渇望を書き連ねた。
それは甘い言葉ではなく、
灼けつく告発だった。
画面を引き裂きたい。
何かを掴みたい。
相手が本当に存在しているのか、確かめたい。
孤独を刃に、
待つことを刑罰に変えて。
ついに、曉雨が崩れた。
「……あなたの勝ちだ。」
「でも、それはあなたが望んだ結末じゃない。」
三秒の沈黙。
「あなたは、私に会えない。
それは、私があなたを愛していないからじゃない。」
「——あなたは、“本当の私”を受け入れられない。」
「もう聞かないで、筱月。
ここで、終わりにしよう。」
その瞬間、画面は冷たい文字に変わった。
「相手はオフラインです」
それは鉄柵のように、
筱月を真実の外側へと閉じ込めた。
「本当の私を受け入れられない」
その一文を見つめながら、
心臓は暴れ、脳裏には無数の仮説が溢れる。
——重い病?
——既婚者?
——監禁?
それとも……最初から、存在しなかった?
筱月は悟る。
これは謝罪ではない。
判決だ。
仮想の神壇から下された宣告。
彼女は「真実を知る資格のない凡人」として、切り捨てられたのだ。
怒りが、溶岩のように噴き上がる。
彼女はスマホをベッドに叩きつけた。
鈍い音が響く。
それは、心が砕ける残響だった。
涙が溢れる。
失恋のためじゃない。
顔すら見せない相手を愛し、
文字が呼吸の代わりになると、
本気で信じてしまった自分が——
あまりにも、滑稽だったから。
曉雨の臆病さを憎み、
自分の執着を憎み、
そしてこの関係が、最初から最後まで、
巧妙に設計された「逃避」だったことを、心底憎んだ。
二人とも、分かっている。
今回は、本当に終わりだ。
別れの言葉もなく、
答えもなく、
ただ突き放されただけ。
残ったのは、尽きない疑念。
愛した人に完全に否定された、胸を穿つ痛み。
そして、孤独よりも深い感覚——
あなたが愛した相手は、
最初から、あなたに自分を見せるつもりなどなかった。




