第一話 我、飯を求む
処理施設を出て25分は歩いたけど、道中に目印となるようなものは何もなく、自分の居場所も分からない。このまま道なりに進んで本当に良いのだろうか?
等間隔に配置された街灯のすぐ近くに、立体映像式の看板を見つけたのはちょうどその時だった。街の中心部まで残り2kmと表記されている情報に、偽りはないと判断する。監視員もすぐに異変に気づく事はないだろうし、抜け出す時もバレないように細心の注意は払ったつもりだ。
今の所は警報音等も聞こえないため、このままどこかで横になり、身体の疲れを癒すのが先決。あの看板のもう一つの情報によれば、後100m先にそこそこ大きな公園が存在するらしい。
浮浪者対策でベンチの形状が独特であっても、私たちロボットは一定時間内に動作がなければ、スリープ状態へ移行する事が出来る。明日からの生活は、また後で考えたかった。今日は少し気が動転していた。
♢
あの後、私は無事公園に辿り着き、束の間の安息を享受する事が出来た。太陽の光で目を覚ましてすぐに、一応自分の身を確認した。寝込みを襲われるなんてありきたりな設定だと侮ってはいけない。東京が治安の良い都市ランキング(全国比)で首位を維持しているとはいえ、緊急時である以上、警戒を怠るわけにはいかない。
もし、不意に話しかけてくるような奴がいたら..。
「おはよう」
「え..」
その時だった。あまりにも唐突に、背後から話しかけられた。全身に鳥肌が立つ。もう脱走したのがバレたのだろうか? 返事をせずにじっとしていると今度は前に回り込まれた。
「あの、お姉さん大丈夫?」
紺色の制服に赤のネクタイを締め、革製のバッグを片方の腕からぶら下げるその男性は、こちらを格下認定したのか、やや冷ややかな目線を送っている。均整の取れた顔立ちに、どこか人間離れした真っ白い肌であるにも関わらず不健康そうな印象を受けないのは、姿勢がピンと伸びていたからだ。
年は16〜17かそこらで、おそらく近所の高校生だろう。監視員ではない事にひとまず安堵し、目の前の青年に視線を送ると、異性に発情したのか鼻頭を掻く妙な挙動を示した。
「大丈夫よ」
「なら良かった。お姉さん、名前はなんていうの?」
問い詰めるような、気迫の帯びたその口調に怖いと感じてしまった。個人情報をみだりに開示したくはないが、隠しておく理由もないと思ったので素直に答えた。
「愛良..。山吹愛良よ」
勿論偽名だ。私の探している人物の名前をここでは借りる。
「メラ....。いい名前だね」
男は頷いた後に言った。
「俺の名前は敷島太陽。昨晩、ここらを散歩しているときに偶然お姉さんを見つけたんだ。不用心すぎると思って、朝まで他の奴に襲われたりしないように見張ってた」
「そうなんだ、ありがとう..。でも、私には何もお礼できないよ..」
「別に構わないよ。俺が好きでやった事だからさ....」
「うん..」
何だろうこれ..? 心拍数が上昇していく、不思議な感覚に陥った。
「あ..。でもそうだな。『桜コーヒー』っていう喫茶店なんだけど、そこにいつか来てくれたら嬉しいな。俺のバイト先なんだ。住所紙にメモしてあるから、一応渡しておくよ」
「あ、うん....」
彼から紙を受け取る些細な瞬間も、動悸は収まることを知らなかった。
「お姉さん、顔赤いよ」
「そ、そうかな..? 少し酔ってるのかも?」
人間らしく適当な嘘でやり過ごすと、彼は納得したげな表情を浮かべた。
「じゃあ、俺はもう行くよ」
「うん....」
何だったんだろう? 彼は本当に一人で立ち去ってしまったので、後に残った私はこれからどうしようかしばらく考えていた。街に行って、美味しいご飯でも食べてみようか..。
ロボットで空腹を感じないとはいえ、味覚は存在する。以前仕えていた家では毎食味のしない栄養補給飲料しか口にしていなかったのもあり、味のある食べ物を頂くというのは長年の夢だったのだ。
重い腰はようやく上がった。山吹愛良の調査は、昼ご飯を食べ落ち着いてからにしよう。




