誓い
「……不味いとは、思ってなかったんだが。口に合わないか?」
気遣いが混じる問いかけに、しゃくり上げる少女は、ふるふると首を横に振る。
大丈夫です。大丈夫なので、神様のところに。
涙を止めることは諦め、上手く動かない口をどうにか動かす。
「……かみ、さま……に……あわ、ないと……あわ、せて……くだ、さい……おと、さん、と、おか、さん……しあわ、せ……に……」
「……お前の望み、聞き届けた。尽力しよう」
涙のせいでどんなカオをしているか見えなかったけれど、セントウをくれた人は真剣な声で言ってくれた。
「……あ、あり、がと……ござい、ます……おね、がい、します……わた、し……がん、ばり、ます……あ、りが、と……ござ……ます……」
泣いてしまっているけれど、どうして泣いているか分からないけれど、少女はなんとかお礼を言おうと、それこそ頑張る。
頑張らないと、父と母を幸せにできない。
頑張らないと、神様に会えない。
「分かった。分かったから。無理に話すな。無理に泣き止もうとするな。泣けるだけ泣け。そちらのほうが楽になれるはずだ」
無理に話すな。少女は従う。
無理に泣き止もうとするな。泣けるだけ泣け。少女は従う。
全ては、父と母のため。
「……動けるか。立てるか? 無理なら、動くな。俺が抱えて運んでも大丈夫なら、そうさせてもらうが。それも無理にとは言わない。他の者を呼ぶこともできる」
セントウを手元に引き寄せたらしい人に尋ねられ、少女は泣きながら応えた。
「ぜんぶ、ぜんぶ、いうとおり、に、します。いうとおりに、する、から、おと、さん、おか、さん、わたし、かみさま、に」
「分かった。悪かった。俺の聞き方が悪かった」
困ったような声で悪かったと謝られ、それに謝り返す前に。
「抱えて運ばせてもらう」
両脇に腕を通されて、持ち上げられた。
かと思うと、少女を胸に凭れさせるように片腕で持ち直したらしい人が。
「お前は仙桃を持っていてくれ」
セントウを持っているその手を器用に使って、未だに泣き止めない少女の両手にセントウを持たせ、少女の顔の前に寄せる。
少女がセントウを落とさないようにか、その人の手が少女の両手を包むように添えられた。
「食えそうなら食え。ゆっくり、ちゃんと噛んで食え。香りを確かめるだけでもいい。詳しい話は紅蓮癒療華院、……あー……休める場所だ。そこで聞く。動くぞ」
はいも分かりましたも、泣いてしまっているせいで上手く言えない少女は、言えない代わりに頷く。
休める場所だというグレンユリョウゲインがどういう場所かと、少女は尋ねなかった。
ゆっくりと動き出したと分かり、運ばれていくと理解する。
少女は涙を止められないまま、言われたことに従うため、セントウを少しかじった。
(甘いよ、美味しいよ、セントウ、美味しいよ)
お父さん、お母さん。
頑張るから、幸せにするから。
わたし、どこに運ばれてるのか、また、分からないけど。
セントウがある場所だから、桃源郷だから、大丈夫。
神様が居るって分かるから、大丈夫。
ちゃんと神様に贈られて、お父さんとお母さんを幸せにするよ。
泣きながら、誓いながら、言われた通りにセントウの香りを吸い込んだ。
甘くて爽やかな香りがした。
こんなにいい匂いなんだ、セントウって。
思った時。
少女を抱えている人からも、とてもよく似た香りがしていると、少女は気づく。
手に持っているセントウより、一際甘く、一際爽やかな香り。
(今、食べてる、セントウ)
これは、「まだ若い」と言っていた。
(若いのじゃない、セントウ。たぶん、熟してるって意味の、セントウって)
こんな香りなのかな。
だったら、本当に、大丈夫なんじゃないかな。
(だって)
セントウ、神様の好きな食べ物なんでしょ?
神様、セントウ、いっぱい食べてるってことでしょ?
セントウが好きな神様と一緒にいたりしたら、セントウの香り、一緒にいる人からも、すると思うんだ。
わたしから、アパートの匂いがしてたみたいに。
だから、大丈夫。
セントウの香りがするこの人と一緒に行けば、大丈夫。
なるべく揺らさないように気をつけつつ運ぶ腕の中で、泣きながら仙桃をかじる少女へ目を向けた、『彼』は。
「……今度は『トウカノカイ』とやらか……」
忌々しく、けれど今の少女に届かせてはならないと、極小の声で吐き捨てた。