仙桃
少女の問いかけを受けてか、背が高くて声が低くて顔の綺麗な人は、虚を突かれたように動きを止めた。
「あの、神様ですか? あなたじゃない人が神様ですか? ここ、桃源郷であってますか?」
また、少女の言葉を受けてか、その人は目を細める。
少女は構わず話していく。
この人が神様でも、違う人が神様でも。
「あの、『桃花の会』っていう所の人たちが言ったんです。わたしを桃源郷に贈れば、お父さんとお母さんが幸せになれるって。わたしを桃源郷にいる神様へ贈ったら、お父さんもお母さんも幸せになれるって。あの、桃源郷の神様、誰ですか? あなたじゃない人が神様なら、ごめんなさいですけど、ここの誰が神様か教えて──んぶっ?!」
右手に持っていた桃らしき実を口に突っ込まれ──父の拳より大きな実だから突っ込むというより押し当てられ、少女は目を丸くした。
さっき、一口かじって「まだ若い」と言っていた実を、少女の口へ押し当てた『背が高くて声が低くて顔が綺麗な人』は、
「大体分かった。大凡の見当はついた。……どうりで、妙な身なりをしている訳だ」
空いている左手を額に当て、顔をしかめ、苦々しい声でそんなことを言う。
妙な身なり、と言われて、儀式の時に着せられた服のままだと、少女は気づいた。
(でも)
それならなんで、「妙な身なり」なんだろう。
神様に贈るからと着せられた服なのに。
大体分かったってことは、この人が神様じゃなくても、ここは桃源郷ってことだよね?
少女が考えていると。
「食え。まだ若いが、それでも仙桃なことに変わりない。仙桃は、まあ、栄養豊富で薬効もある食い物だと思え。毒などではないから安心して食え。何もしないよりマシだろう」
少女へ顔を向け直し、心配でもしているような表情をしたその人に言われた。
内容より、表情より、「セントウ」という言葉を聞いて、少女は安心できた。
(やっぱり、ここ、桃源郷なんだ)
セントウは、父と母が信じている神様が好きな食べ物だ。