神様ですか?
広い場所に出た。
淡い霞に包まれている、極彩色の木々が周囲を囲む、丸い形に広くぽっかり空いた場所。
少女は少し驚いて、目をぱちぱちと瞬かせた。
見えていなかった空が見える。昼間の青空に思える空が。
足元には色とりどりの、よく見るような、知らないような、草花が。なんにしても、極彩色でない、普通に思える草花が生えている。
真ん中に生えている大きな木も、極彩色の木々とは違って、普通の木に見えた。
その、普通に見える木には、沢山の実が成っている。
(……桃……?)
少し違う気もしたけれど、遠目だからよく分からないのもあったけれど、少女の目には『桃』に見える、その実を。
いつから、その木のそばに居たのか。
背の高い誰かが、その実を採った。
実が成っている枝へ両手を伸ばして、枝から実を丁寧な手つきで優しく採って。
採った実の様子か何かを軽く確かめる仕草をして、片手に持ち直し、試しのように一口かじった。
ように見えた。
少女がいる場所からは遠いので、たぶん、そうだろう、くらいにしか分からないけれど。
「……まだ、若いか」
背の高い誰かの、感想みたいな呟きが、少女の耳に届く。遠くにいるというのに、不思議なほどはっきりと、聞き取れた。
低い声で、少し残念そうに呟いたのが。
(あの、ひと、が)
神様かな。
少女は、覚束ないものだった足元を──どうして覚束ない足取りだったのかも分からなかった少女だけど──駆け足に変え、背の高い誰かへ走っていく。
若いものではない実はないだろうかと、沢山成っている実へ顔を向け、探しているらしい誰かへ。
早く、早く。
早くと、焦っていた少女は。
「あっ? ──へぶっ?!」
足をもつれさせ、草花が生える地面に、顔から倒れ込むようにして転んだ。
顔も、腕も、体も、もつれた足も、痛かったけど。
自分の痛みをどうするかより、少女には大事なことがあった。
だから、急いで顔を起こした、少女の。
「なんだお前は。というか大丈夫か」
少女の耳に、さっき聞こえてきた低い声が、とても近くから聞こえた。
「へっ?」
少女はまた驚いて声を上げ、次に、やるべきことを思い出し、慌てながら声がした方へ顔を向ける。
「声がしたからと顔を向けたら、倒れたように見えたんだが。しかも、顔面を打つように倒れたろう、お前」
顔を上げた少女の左斜め前、右の膝を立ててしゃがみ込み、少女を見下ろしている人。
「怪我の程度を確かめる必要もあるだろうが……そもそも、ここへ許可のない立ち入りは禁じていると、知っているだろう」
着物のようなドレスみたいな、とにかく布や飾りを沢山使って作られてる、なんだか上品そうな服を着ている人。
「お前の主人が誰かは知らんが、主人から一度は聞かされているはずだ」
長くて青っぽい黒髪が頭の後ろ、高い位置で、飾りと一緒に結わえられている人。
「悪戯にしろ興味本位にしろ、この行い、お前とお前の主人の立場を悪くするだけだと理解しろ」
なんだかキラキラして見える真っ白な肌だなとか。
「聞こえているか。声は出せるんだろう。俺の声に反応したんだから、音も聴き取れているんだろう。最低限の読み書きも教わっているはずだ」
頭に銀色のツノみたいなのが二本あるな飾りかなとか。
「教育を怠るな使い捨てにするなと、規則の中に明記してある。──が」
ちょっと尖ってそうな耳にも飾りがあるなとか。
「お前の主人は誰だ? 異様なほど痩せているのも一目で分かるし、その傷だらけの体、今しがた倒れて負った傷もあるだろうが、それだけではないだろう」
赤のようなオレンジのような不思議な色の目で心配そうに自分を見ているなとか。
「声は出せるが話せない、そういった枷でも着けられているのか? 目を開けた状態で気絶でもしているのか」
顔が綺麗すぎるからかちょっと分からないけど、たぶん男の人なんだろうなとか。
「何も言わない……言えない……まあ、どちらにしろ、反応を示していないとそろそろ判断するぞ。どんな理由であれ、ここに入ったならば、」
色々気になることができた少女だけれど、いの一番に聞かなければ──言わなければならないことがある。
「あ、あの」
少女は必死に口を動かした。
「軽微なものでも、……喋れはするのか、お前」
低い声の人が少女を見て、どこか安心したように息を吐く。
そんな反応をした、低い声の人へ。
「というか、お前、声が震えているように聞こえたが」
聞かなければ、言わなければ。
「倒れた痛みか? 別の理由か?」
焦燥感のような、どこか違うような、よく分からない衝動のまま、少女は口を動かす。
「立てない、動けないなら、俺が運ぶ──」
「か、神様、ですか……?」