ふわふわした一本道
(ふわふわ、する)
少女は思った。
覚束ない足取りでの歩みを止めずに。
歩みを止める理由など、少女にはなかった。
(こんな道、なんだ)
桃源郷へ続く道というのは。
覚束ない歩みを止めず、少女は進んでいく。
まだ幼い少女の、黒目がちな瞳に映る、その景色。
淡い霞が辺りを覆う、極彩色の密林。
密集する木々を貫くようにまっすぐ延びている、白く輝く細い一本道。
雲の上を歩いているような、ふわふわした一本道。
緩やかな上り坂になったり、緩やかな下り坂になったりするけれど、一本道なことは変わらない。
少女は、その一本道を──桃源郷へと続く道を、歩いていた。
歩いて、『桃源郷』まで辿り着けば。
(お父さんと、お母さんが、幸せに、なれる)
何かの神様を信じていた父と母。
その神様が言ったから。時が来たから。
そんなことを、小さなアパートへ大勢やって来た知らない大人たちが、言っていた。
知らない大人たちは、こうも言っていた。
時が来た。時は満ちた。
お前たちの娘を『桃源郷』へ贈る、と。
自分たちの信じる神がいる『桃源郷』へ贈る。
そうすれば、お前たちにもお前たちの娘にも、幸福が訪れる。
父と母は従った。
自分たちの信じる神は、何よりも優先すべき存在。
それに、自分たちだけでなく、自分たちの娘も幸せになれる。
神に感謝こそすれ、何を恨むというのか。
父と母は、娘を──七歳になったばかりの娘を、着の身着のままの少女を、知らない大人たちへ差し出した。涙を流しながら差し出した。
少女を差し出した父と母は、知らない大人たちから色々なものを受け取っていた。
色々なもの。
食べ物だったり、服だったり、カードみたいなものとか、とにかく色々、受け取っていた。
とても嬉しそうに、涙を流しながら受け取っていた。
それを見ていた少女は、思った。
(わたしが)
自分が、桃源郷という所に贈られたら、お父さんもお母さんも、もっと嬉しそうにしてくれるはず。
お父さんとお母さんが、幸せになれる。
父と母がどんな神様を信じているのか、分かっていないけれど。
父と母が幸せになれるなら、どんな神様でも、桃源郷がどんな場所でも、気にする必要はないと思った。
だから少女は、全てに従った。
知らない大人たちに車へ乗せられ、知らない場所へ連れて行かれ、『儀式』というよく分からないことをして。
桃源郷へ贈る儀式の仕上げだと、聞かされて。
何かをされた少女は、気づけばこの、白く輝くふわふわした一本道を歩いていた。
(だから、たぶん)
この道を進んだら、桃源郷へ辿り着く。
むしろ、辿り着けなければ、困る。
父と母を幸せにできない。
(どこまで行けば、桃源郷、なのかな)
淡い霞が漂う極彩色の密林で、覚束ない足取りのまま、一本道を歩く少女が思った時。
急に景色が変わった。