第6話 「古町連続窃盗事件」 中編
窃盗団編中編です!
夜の古町は昼間の顔を完全に変えていた。
赤い提灯が並ぶ商店街は、シャッターが降りて静まり返り、風鈴の音が風に押し潰される。湿った夜風に混じって、どこかで焼き鳥のタレの匂いがまだ漂っている。
路地裏の暗がりに、黒瀬探偵事務所の三人と一匹が潜んでいた。
隼人は煙草をふかし、壁に背を預けている。
美月はノートを片手に、街の物音を拾うように耳を澄ませる。
零士は――やはり浮いていた。
「ジャーン! 張り込みスペシャルセットです!」
彼が並べたのは、最新式の双眼鏡に小型トランシーバー、折りたたみ式の高級チェア、そして百貨店の紙袋から覗くブランド物のブランケット。
「……お前、それ全部高そうだな」隼人が冷めた声を出す。
「当然です! 快適な張り込みこそ成功の鍵!」
「快適っていうか……まるで野外コンサートよね」美月が冷たい目を向ける。
零士は胸を張ってチェアに腰を下ろした。だが――ギギッ、と音を立てて脚が傾き、そのまま路地にひっくり返った。
「ぐえぇっ!」
「うるさい!」美月が即座に叩き起こす。
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「やはり、ここにいましたか」
背後から落ち着いた声がした。振り返ると、街灯に照らされて立っていたのは――高村亮。
白いシャツにジャケット。背筋はまっすぐ、足取りは寸分違わない。切れ長の目と整った顔立ちは、真面目を絵に描いたようだった。
彼は中央署の若手刑事。警察学校を首席で卒業したエリートで、年齢はまだ二十代半ば。それでも現場の信頼は厚く、上司からの評価も高い。
そして、かつて自衛官だった隼人に憧れて、この道に進んだ――本人は口に出さないが、その眼差しにそれが滲んでいる。
「高村……お前か」隼人は煙を吐きながら目を細める。
「ええ。パトロールの合間に寄りました。あなた方の動きも確認しておきたくて」
声は丁寧だが、緊張感を含んでいる。
「真面目くん登場」隼人が皮肉を飛ばす。
「真面目で何が悪いんですか」亮は真っ直ぐに返した。
「悪くはねぇ。ただ、夜は柔らかい奴の方が勝つこともある」
美月は苦笑し、零士は大感激で手を握りに行く。
「刑事さん! 一緒に作戦を練りましょう!」
「え、いや……」亮が少し困った顔を見せる。
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そこへ段ボール箱を抱えた影が現れた。
「やぁやぁ! 夜の見張りにはこれだ!」
現れたのは工藤だった。古町では有名な“発明家”――いや、“発明オタク”。町の便利屋を自称しては奇妙なアイテムを持ち込む変人だが、妙に憎めない人柄で、商店街の人々に愛されている。
「……また怪しいの持ってきたわね」美月がじろりと見る。
「新型人感センサーだ! 赤外線と音圧の二重判定! 誤作動は……三割に減った!」
「三割って多すぎるわよ!」
零士が目を輝かせる。「すごいです! 最新鋭!」
「だろう!」工藤は鼻を高くした。
隼人は無言でそれを受け取り、商店街の角に設置した。
「工藤の機械が鳴るかどうかは別にして……街が“起きてる”匂いを作るのは悪くない」
「匂い……?」亮が首をかしげる。
「泥棒は眠った街が好きだ。くだらねぇ見張りでも、街が起きてる匂いがあれば足は鈍る」
その言葉に、亮は一瞬だけ息を呑んだ。隼人の“現場勘”の重さを知ったからだ。
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深夜零時。
遠くから複数の足音と笑い声が近づいてきた。
「来たな」隼人が煙草を落とした。
現れたのは、フードを被った若者三人組。
肩で笑いながら店先を覗き込む。先頭の一人がシャッターの隙間に指をかけ、後ろの二人はスマホをいじりながら周囲を伺っている。
「……完全に慣れてるな」隼人が小声で呟く。
「え、今捕まえる?」零士が双眼鏡を握りしめる。
「まだだ」隼人は首を振った。「今夜は下見だ。本番はもっと騒がしい夜に来る」
若者の一人がふとこちらを見た。目が合った瞬間、ニヤリと笑う。
「……見てんの、分かってたよ」
軽い声。けれど、その奥にどこか焦りの影があった。
亮が一歩前に出る。「君たち。ここは私有地だ。遊ぶなら別の場所を選べ」
「説教か?」若者が鼻で笑う。
「説教じゃない。ルールの話だ」
緊張が走る。だが隼人が袖を軽く弾いた。
「今は泳がせろ。足を追う」
若者たちは肩を揺らして笑い、路地の奥へ消えていく。
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尾行が始まった。
美月はペンを走らせて歩幅の差を記録する。
零士は双眼鏡でバッグの膨らみを確認する。
亮は目に見える地図を頭に描くように、出口と影の位置を把握する。
隼人はただ、若者の“呼吸のリズム”だけを追った。
やがて三人はシャッター前に止まり、指で金属をなぞった。
翌朝には気づく程度の小さな線を残し、また笑って去っていく。
「怖がらせか……」美月が呟く。
「そうだ」隼人が答えた。「街が寝てるか、起きてるかを試した。次は――」
「祭り前夜、ですね」亮が言葉を継いだ。
隼人は一瞬、煙草の火越しに亮を見た。
亮の目は真剣で、迷いがなかった。
「条文と匂い、二本立てで行きましょう」
その言葉に、隼人はふっと口元を緩めた。
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事務所に戻る道すがら、零士が小声で呟いた。
「僕、役に立てましたかね」
「椅子を静かにすることを覚えたら、もっと役に立つわ」美月が冷たく返す。
「精進します!」
零士が胸を張った瞬間、事務所のドアを開けた。
二階の薄暗い室内には、古町の夜より濃い煙草の匂いが漂っていた。隼人がソファに沈み込み、ライターをカチリと鳴らす。バロンは床に丸くなり、尻尾をぱたぱたと揺らした。
「さて……」隼人が吐いた煙が、裸電球の下でゆらりと揺れる。
「今日の“下見”で、奴らの癖はだいたい見えた」
亮も隅の椅子に座り、背筋を正したまま頷いた。彼は夜通し歩いてきたはずなのに、ジャケット一つ乱れていない。
「三人。リーダー格は靴の減り方と立ち位置からして右利き。もう一人は経験が浅く、視線が落ち着かない。残る一人は……空気を和ませる役割でしょうか」
「分析は正しい」隼人が肯定する。「ただし“空気を和ませる”ってのは危険な兆候だ。怖さを紛らわせる奴は、集団の中で一番後戻りしづらい」
美月がノートを机に置いた。
「で、こっちで集めた証言を整理するわよ。ハルさんからは“夜にスマホいじりながら歩いてた”。真矢子ママからは“目が泳いでた”。ローズからは“腕立て自慢してたけど酒に弱かった”。……完全に若造よね」
「工藤さんからは?」零士が食い気味に聞く。
「“人感センサーが鳴った”」美月が淡々と答える。
「いや、あれ誤作動率七割でしょ……」
「三割は本物だ」隼人がぼそりと言い、灰を落とした。
「その三割が鳴ったんだ。つまり、奴らは“古町の匂い”を確認しに来た」
亮が口を開く。「つまり、明確に“狙いの日”を決めているということですか?」
「そうだ。次は祭り前夜」隼人はバーボンの瓶を傾け、コップに注ぐ。
「人が多くて警戒が甘くなる夜だ。屋台の準備で住民の目は表に向く。裏を抜けるには最高のタイミング」
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机の上には、美月が描いた簡単な地図が広げられた。
商店街の通り、祭り会場、裏路地の抜け道、非常口。蛍光ペンで赤く囲まれたのは、窃盗が多発している三つのエリア。
「奴らが狙うのは高額品じゃない。小物、細工物、飾り皿や箸置き……。価値じゃなくて、**“奪った痕跡を残すこと”**が目的」
「スリルを楽しんでるってことね」美月が眉を寄せる。
「そうだ。退屈が一番の動機になる」隼人は短く吐き出す。
「じゃあ、どう動きます?」零士が前のめりになる。
「おとり作戦が必要だと思います! 僕が派手な財布を見せびらかして歩くとか!」
「お前が派手なのは財布じゃなくて存在だ」美月が即座に切り捨てる。
「ええぇ……」零士がしょんぼり肩を落とす。
亮が咳払いした。「警察側でもパトロールを強化します。けれど群衆の中で彼らを特定するのは難しい。そこで、こちらの“現場感覚”が活きるはずです」
その言葉に、美月が驚いた顔をした。「あら、意外と柔らかいこと言うのね」
「僕は黒瀬さんを尊敬していますから」亮は迷いなく答える。
隼人は煙を吐きながら視線を逸らした。「……軽い口で言うな」
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会議は夜更けまで続いた。
役割はこう決まった――
•隼人:全体指揮。路地裏の監視と若者の“匂い”を読む。
•美月:地図と証言を照らし合わせ、巡回ルートの分析。現場での即応記録係。
•零士:囮兼ランナー。派手さを利用して犯人を誘い出し、必要なら追跡。
•亮:警察側の支援と最終拘束。公式の“盾”。
そして常連たちは後方支援。
ハルは夜食の差し入れ。ローズは裏道の監視。真矢子ママは店の常連客からの情報収集。工藤は……センサーの再調整を請け負った。
「……みんなを巻き込んで、大丈夫かしら」美月が小さく言う。
「大丈夫だ」隼人が答える。「街はこうやって守るもんだ。警察だけじゃ足りねぇ」
その言葉に、亮は静かに視線を落とした。警察官としての矜持と、ひとりの人間としての理解。その間で揺れる感情があった。
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午前二時を回り、会議は一区切りした。
零士は机に突っ伏し、「ふぁあ……囮作戦、楽しみです……」と寝言のように呟いている。
美月は地図を閉じて背伸びし、「明日、寝坊したらぶっ飛ばすから」と零士の頭を小突いた。
亮は静かに席を立ち、「明朝、署に報告を入れます。……黒瀬さん、必ず成功させましょう」と真っ直ぐに告げた。
隼人は応えず、煙草を一本くわえただけだった。
夜明け前の古町は、まだ眠っている。
だが、その眠りは浅い。
次の夜――祭りの喧騒に隠れて、彼らは必ず動く。
煙草の火を見つめながら、隼人は心の中でつぶやいた。
(くだらねぇ……けど、くだらねぇもんの中に街の命がある)
灰が落ちる音だけが、静かな事務所に響いた。
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