第4話「盗まれた純白を追え!〈後編〉」
古町の夜は、昼間の喧騒とは違う顔を持っている。
灼熱の太陽は沈み、空には薄紫のベールがかかる。軒先には祭り用の提灯が吊るされ、風に揺れて赤い光を路地に落とす。焼き鳥の匂いが漂い、どこかの店からは三味線の練習音。蝉は黙り、代わりに鈴虫の声がシャリシャリと響いていた。
そんな情緒あふれる古町の片隅――。
だが、今そこに広がる光景は情緒とは程遠かった。
「……なぁ、美月。俺は今、幻覚でも見てんのか?」
「私もだと思う」
隼人と美月が見上げる先。
ベランダに干された真新しいワンピースと、女性物の下着。
そして、それを実際に身につけて仁王立ちしているのは、我らが助手・九条零士。
「どうですか!」零士はスカートをひらりと翻し、満面の笑み。
「囮作戦のため、百貨店で最高級の衣装を一式揃えました! 下着はシルク製、ワンピースはパリ直輸入! 犯人も絶対に食いつきます!」
「食いつくのは婦人警官か警備員だって!」美月が悲鳴を上げる。
「零士……お前は探偵助手じゃなくてモデル志望か何かか?」隼人は煙草をふかしながら呆れる。
ベランダの下では、商店街のマダム軍団が集結していた。
「いやぁ、似合うわぁ!」
「足が長いから映えるわね!」
「メイクはもっと派手でもいいわよ!」
「ブラは赤が良かったんじゃない?」
口々に感想を飛ばし、完全にファッションショー状態。依頼人の千夏はその横で顔を真っ赤にして俯いていた。
「ご、ごめんね……こんな大事にしちゃって」
「気にすんな」隼人はポケットのバーボンをあおり、紫煙を吐き出した。
「くだらねぇ依頼ほど、事務所は盛り上がるもんだ」
その言葉どおり、事務所どころか町内まで巻き込んでの囮作戦が始まった。
⸻
夜十時。
商店街は人影がまばらになり、静かな風が路地を抜けていく。
ベランダの零士は「ターゲットよ来い」と言わんばかりに腰に手を当て、妙に色っぽいポーズを取っていた。
「なぁ美月、あれほんとに必要か?」隼人がぼそり。
「必要じゃない。けど零士がノリノリだから止められない」
「僕は本気です! 犯人を捕まえるために、羞恥などどうでもいい!」零士は胸を張る。
「羞恥って単語知ってたんだな……」美月が呟いた。
張り詰めた空気の中、不意に千夏が声を上げた。
「……あそこ!」
屋根の上を黒い影が跳ねていく。カラスだ。
そのカラスは一直線にベランダの下着へと突っ込んだ。
バサバサッ!
零士のスカートが豪快にめくれ上がる。
「きゃあああああ!!」
夜の古町に零士の悲鳴が響き渡った。
「パンツ持ってったぁ!」美月が叫ぶ。
「僕のシルクがぁぁぁぁ!!」零士が屋根を指さし、全力疾走で追いかける。
マダム軍団は拍手喝采。
「走り方が美しいわ!」
「もっと腰を振って!」
「もう黙れぇぇぇ!!」零士の絶叫が夜にこだました。
⸻
だが、その混乱の最中――。
路地裏から、別の影がよろよろと現れた。
「……なんだ?」隼人が目を細める。
フラフラ歩いてきたのは中年の酔っ払い。手には女性物のパンツが何枚も握られている。頬に擦り付け、ニヤニヤ笑っていた。
「おい……マジかよ」美月がドン引きする。
酔っ払いは呂律の回らない声で言った。
「娘のパンツが可愛くてよぉ……つい……」
数秒の沈黙。
そして、マダム軍団が一斉に爆発した。
「恥を知れぇぇぇ!!」
「最低男!!」
「古町の恥さらし!」
酔っ払いは瞬く間にマダムたちに取り囲まれ、ハンドバッグと傘で袋叩きにされた。
「……こっちが本物か」隼人は煙草を咥え直し、ため息を吐いた。
「くだらねぇ事件だな」
「くだらなくない! トラウマもんでしょ依頼人にとっては!」美月が即ツッコミ。
千夏は呆然とその光景を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「ありがとう……本当に、助かった」
隼人は煙を吐きながら視線を逸らした。
「礼はマダムたちに言え。俺たちはただ……くだらねぇ依頼をこなしただけだ」
⸻
事件は幕を閉じた――かに見えた。
だが次の瞬間、バロンがトコトコ戻ってきた。
口に咥えているのは、件のシルクパンツ。
「バロン!? 何やってんの!」
「ワンッ(ドヤ顔)」
「アンタまで共犯かぁぁぁ!!」美月の絶叫が夜空に響き、古町の提灯がゆらゆら揺れた。
くだらなくも賑やかな夜。
それでも、この町は確かに平和だった。




