首狩り教師
「なあ。氷窩って探偵やってるんだって?」
昼休み。机に突っ伏してウトウトしながら至福の放課後まで時間を浪費していたところ、同じクラスの生徒に声をかけられた。
「えっと、誰だっけ」
「覚えてないのかよ。口分田新だ。氷窩に依頼したいことがあんだよ」
学校内で依頼されるのは初だ。もちろん知名度の問題だろう。まあそもそも自分から公表しているわけでもないので仕方ないと言える。
「どんな依頼?」
「…出るらしいんだよ、幽霊が、教室に」
真面目な表情で口分田が言う。突然なんだという感じ。
「ようはその教室に出没する幽霊の正体を突き止めてほしいってわけ」
「まさか最近話題の…」
「あぁ」
口分田はニヤリとして幽霊の名前を口にする。
「首狩り教師だ」
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夜の学校は不気味だ。月の光しか入らない廊下は暗く、奥は永遠と続いているかのような闇が支配している。外は悲鳴みたいな音を響かせて風が吹き抜ける。
そんな恐怖の場所に俺はいた。理由は明白で、幽霊の正体を探るためだ。
依頼人の口分田は目をキラキラさせて俺に話しかける。
「どうよ、夜の学校。ワクワクするだろ」
「出来れば帰りたい」
思わず弱音を吐いてしまう。物理的にも吐きたくなった。帰りたい。
口分田がワクワクするのは、彼が新聞部だからだろう。俺は違う。野次馬根性は微塵もない。
「フフフ。今日こそおさめてやりますよ。首狩り教師の姿をカメラに」
そして口分田の隣で意気込むカメラマンは同じく新聞部の興形弓人という名前だったか。ひと学年下でまだまだ新聞部新人なわけだが、口分田いわく期待のルーキーだという。
「というか、こんな夜中まで学校に残って怒られないのか」
「今はな。記事にしたら結局バレるから怒られる未来は確定だぜ」
「最悪だ」
必然的に俺もお説教じゃんかそれ。
気分が早くもナーバスだ。やってられん。
「で、問題の教室はどこなわけ」
「知らないんですか氷窩先輩」
カメラをポチポチといじりながら興形が馬鹿にするような口調で言う。なんだこいつ。
「悪いかよ。幽霊のうわさなんてはなから信じてないんだよこっちは」
「じゃあ特別に僕が教えてあげますよ。首狩り教師が目撃されるのは決まって、校舎の一番奥にある教室です。正確には元教室ですか」
「あそこが? 普通の部屋だと思ってたな」
クラスが割り振られていない教室が校舎の二階、一番奥にある。まぁ至って普通の教室で、たまに授業で使用することもあるほどだ。とても幽霊が出るとは思ってなかったな。
「教室の中に黒い布を被ったような奴がいたらしくてな。その目撃証言が絶えないらしい。しかも翌日改めて教室を訪れると、首の切られた人形が床に落ちてたって話だ。おー怖い怖い」
ちっとも怖がってないのに口分田はそう言った。適当だなあ。
しばらく廊下を三人で歩くと目的地は見えてきた。
ん? 目的地の教室の前に人影が見える。真っ暗闇だが、人型のシルエットであることがわかる。
「まさか首狩り教師のお出ましか!?」
「聞こえてるわよ口分田!」
口分田が大袈裟に問いかけるとすぐに人影から返事が返ってくる。
近づいてみればそこにいたのは幽霊ではなく、四人の生身の人間だった。ちゃんと生きてる。
四人のうち一人は俺がよく知っている人物で、さっき図書室でダル絡みしてきた人物だった。
「あれ、ソウっちじゃ~ん」
ギャル探偵の二月さん。俺の姿を見つけると犬みたいに駆け寄ってきた。めんどい。
夜中にも関わらずサングラスは常備されている。どこで使うんだ。
「なんで二月さんがここにいるんだ?」
「もちろん、首狩り教師をとっ捕まえるためっしょ」
幽霊捕獲の意気込みは十分な二月さんだが、実体が無かったらどうする気なのか。
どうやら彼女も俺と同じように依頼されてきたようだ。なんで日がかぶるんだよ。どう考えても神様が面白がってこうしてやがる。
「もしや口分田も同じこと考えてたの?」
「らしいな。禍井も気になってんだろ、幽霊の正体」
「そりゃそうよ。はやく幽霊には退散してもらってここを手芸部の部室として使わせてもらうんだから」
口分田に問いかけるのは、聞こえてるぞと怒鳴っていた女子生徒。禍井という名前らしい。同級生なんだろうが興味ないので覚えてない。
もう一人の女子生徒もうんうんと頷いているから、禍井さんと同じ手芸部の部員なんだろう。
「明らかに生気のない男がいるけど」
禍井さんが俺を横目で見る。そうだな、生気は無いだろう。今すぐにでもゴートゥー自宅したいんですもの。
「俺が依頼した探偵だぜ。紹介しよう。陰キャ探偵の氷窩ソウだ」
「とんでもなく失礼な紹介をされた気がする。…まあいいや。氷窩です。探偵やってます。猫探しでも誘拐事件でも殺人事件でも引き受けますよ」
投げやりに自己紹介しとく。二月さんは手で口を覆ってクスクスと笑っている。何が面白いんだよ。
「ああ。レイナと一緒に事件解決したっていう…。私は2年A組の禍井颯希」
「その颯希の友人の叉見恋香だ。で、これが彼氏の兄藤先輩」
「これって言うな恋花。3年C組の兄藤大助だ」
赤髪の禍井さん、ピンク髪の叉見さん、長身の兄藤先輩が自己紹介してくれる。
「それで? なんで皆この教室の前にたむろしてるんだ?」
口分田が禍井たちに尋ねる。
「誰が最初に中に入るか話し合ってたのよ」
「ああ。誰かが教室に入ってからじゃないと出てきてくれないんだったか。生贄は誰になった?」
「生贄って言うな。恋香が入ってくれることになったよ。幽霊と会話するの得意らしいから」
「当然だ。霊感なら誰にも負けない」
叉見さんは胸を張って宣言する。口調といい態度といい男勝りな印象を受ける。
霊感のある叉見さんが最初に幽霊に呼びかけ、何か問題が発生すれば探偵の二月さんが対応するという流れで結論が出たという。
「幽霊…ねえ…」
俺の呟きは誰にも聞こえなかっただろう。
この胸騒ぎは、ただ暗い学校の雰囲気に気圧されているだけなのか、それとも…。