第6話 20日目のチョコは甘く、苦い……
あと1件の成約で今月の目標達成なんだけど、それが壁だ!!
もう20日だし……今抱えている案件の中で頼みの綱だった『近藤様』はうまくクロージングできなかった。
やっぱり私には向いていないのかな……元々、人と話すのは苦手だし……
社長が「『まろやか音』をウチのメイン商品にする!」と宣言して……『冴茶ソ』まで作ってもらったので……私は『他のセールスに先駆けて実績上げたい!』と頑張って来た。
来る日も来る日も『まろやか音』で作った水を封入したペットボトルと『冴茶ソ』の“お茶立てセット”をキャリーバックに詰め、一日中歩き回った。
途中で、水やお茶が無くなるとクルマのコと落ち合って補給を受け、また“巡業”……
セールストークはおろか一般常識すら怪しい私は……『歩いて』『飛び込んで』その結果の『ナンボ』だから靴やキャリーバックを幾つも潰した。
1階の倉庫には私用のキャリーバックの予備がいつも2、3個置いてあるし、通販で見つけたお気に入りのウォーキングシューズはストックが常にある。
夏場は同じデザインのスーツ4枚を着まわしていた。
「だって服で悩むの、面倒でしょ!」と言うとセールスの若い男の子はこの“女の壊れ具合”に驚いていた。
私は自分の事を今まで怠惰だと思っていた……多分そうなんだろうけど、その私がここまで仕事に入れ込むのは“あかり”を想うと悲し過ぎるから
何もしないでいると絶対泣いてしまうから
カミソリを握ってしまうから
私は、私のカラダをあかりの為だけに使いたい!!
だから……まだ死ぬわけにはいかない!!
まず、私一人でも何不自由なくあかりを育てられる生活基盤を作り、オトコの種を受けてあかりを呼び戻す!!
だから“枕営業”は絶対しないが、これはと言うオトコを見つけると日を選んで寝た。
実は、私の周りのオトコ達の中で一番優秀なのは社長で……ヤツが一番適任だろうし、今でもできなくはないだろうが……ヤツとの関係は愛人じゃないし、ヤツは離婚係争中だから迷惑を掛けてしまう。だからヤらない!!
そんな日常だ!!
とにかく私は次の駅を降りてクリスマスソングが流れる駅ビルを出て住宅地へと歩いて行った。
この先の公園は前にコンビニがあって……遅いランチを摂るにはうってつけの場所だ。
さて、ハトが寄って来ない私の“指定席”に座ろうとしたら黒い通学帽が見えた。
私が引くキャリーバックの音に気付いて……黒い通学帽を手で押さえながら顔を上げたのは、私立の小学校の制服だろうか……ブレザーにスカート、タイツ履きの可愛い女の子だった。
女の子はベンチに置いてあったランドセルを自分の膝に抱えて私の為に席を空けた。
「ありがとう! どうしたの? 電車に乗っていて具合が悪くなった?」
「ううん! 電車に乗るのは毎日だから苦じゃないの! 問題はそこには無い! 私の心の中!」
とても大人びた話をするので私は内心タジタジだったが、なるだけ自然な笑顔で返した。
「学校が辛いの? オバサンは昔、そうだったから言うわけじゃないけど……」
「ありがとう!お姉さん! 辛いとかじゃないの! 何と言うか……私は小4でこれからまだまだ学校に行かなきゃならないでしょ?でもそれに何の意味があるのか?って考えていたら疲れちゃったの」と微笑んだこの子は……
私みたいにドロップアウトする様な子じゃない! そう!きっと……あかりはこんな子だったんだ!!
だから私は真剣に向き合った。
「オバサンはね!『疲れる前に学校から逃げ出す』クチだったから、今でも漢字に不自由してるのよ! ひょっとしたらひらがなの書き順すら間違えているのかもしれない。だからね、こうやってお仕事してるとあちこちで恥ずかしい思いをしてる。何より!!私は所作が醜いの!!」
そう言って私は……スーツ姿で彼女の前でうんこ座りし、タバコを咥えて見せた。
「今はスラックスだから見えないけど、高校の頃は際まで短いスカートで……こんな事すると、もう!下着が丸見えよ!! それを恥ずかしいと思えなくなるほど、身も心も醜くなったの!! それにね!私は“あやとり”だってやったことが無いのよ。 学校はね! 勉強だけではなく色んな事を学べるところで……『意味が無い』なんて事は決して無いのよ!」
私の言う事をじっと聞いていたこの子はタバコをポケットに戻した私の肩にそっと縋った。
「じゃあ、お姉さんは、今は『いっしょけんめいな事』はあるの?」と聞かれたので
「あるわよ!」
と『冴茶ソ』をキャリーバックから出した。パッケージの“キャラ”が私なのが恥ずかしかったけど……
◇◇◇◇◇◇
女の子に引っ張って行かれたのは『日高』と言う表札で……前に訪問した事のある立派な門構えのお家だ!(お留守だったけど)
本来なら売り込みのまたとないチャンスなんだろうけど今は商売抜き!!
応対して下さった奥様は一瞬物凄い圧の……そう、ウチの社長レベルの視線で私を射抜いたがすぐに優しい笑顔でそれを覆い隠した。
そして私の事をどこの誰とも聞かずに家の中へ招き入れた。
私はキッチンをお借りして、この可愛いお友達の前で『まろやか音』水と『冴茶ソ』でお茶を淹れた。
「……心の中で唱える呪文は『美味しくなります様に!!』こうすれば不思議と美味しくなるの!!」と説明しながら淹れたお茶を差し上げたら、お二人とも笑顔になられたので私はホッ!とした。
「今日は図々しくお邪魔して申し訳ございませんでした!あの、お嬢様の事、叱らないであげてください」
「いいえ! あやりの事は信じていますから叱るなんて事はいたしません」
「あやりさんとおっしゃるのですね」
「あら! 聞いていなかったの?」
「はい!私が尋ねたらあの子はきっと困ると思ったから……『見知らぬ大人に自分の名前を教えてはいけない』ものですから……」
「……あやりを気遣っていただき本当にありがとうございます。でも私達はもうお友達でしょ?私は日高敦子と申します。あなたの事は……」
敦子さんは『冴茶ソ』のパッケージを見てウィンクした。
「冴子さんとお呼びしていいかしら?」
「はい!」と私は初めて名刺を出した。
「佐藤冴子と申します」
こんなやり取りをしているとあやりちゃんが自分の部屋から戻って来て、私の手にペンギンを模ったかわいいチョコレートを載せた。
「アドベントカレンダーの……今日20日のお菓子! お礼です!」
お茶会の後、敦子さんから「商品の案内はありますか?」と尋ねられて『まろやか音』と『冴茶ソ』のカタログを3セット置かせてもらった。
こうして……私は、あやりちゃんからもらった甘いチョコレートとお二人の温かい気持ちを味わって外に出た。
いつしか粉雪が舞っていて……
駅へ行く私の全てを徐々に冷やしてゆく。
心の中で、『あやりちゃん』と『あかり』が重なって
私は無意識に
右手をお腹に当てていた。
あんな子を産みたい……
でも現実はあくまで厳しく
私の全ての意志をくじく冷たい風となって
私の身を心を突き刺し続けた。
最終話へ続く
いよいよ明日、最終話です。
冴ちゃんのイラストも載せますので、よろしくお願いいたします<m(__)m>
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