第5話 冴子のお茶
私の初めてのお客様である谷川の奥様は茶道の師範のお免状をお持ちの方で……数年前まではご自宅で教室も開いてらっしゃったそうだ。そして奥様はお茶全般にとても造詣が深く、私は“まろやか音”の点検を口実に度々ご自宅へお邪魔し、その薫陶を受けた。
なかなか導入には至らない“まろやか音”の二番目の導入も、谷川の奥様の……元生徒さんへのお声掛けで達成できたのだから……なんとお礼を申し上げて良いか分からない程なのだが、とにかく奥様は、この“へんてこな生徒”の事を可愛がってくれた。
その頃の私は“飛び込んだ先”で「お水をコップ1杯飲ませてください」とお願いしていた。
もう、積極的に“まろやか音”を売り込む事はせず、口に含んで利いた水の味や匂いからお茶の淹れ方を提案して回っていたのだ。
例えば……
「まず、空の急須と茶葉を入れた急須の二種類と湯呑を用意します。空の急須には沸騰したお湯を注いでおきます。そして湯呑に沸騰したお湯を注ぎ入れて2分待ち、茶葉の入っている急須に三分の一ほど湯呑のお湯を注ぎます。そしてお湯を入れたおいた急須を500Wのレンジで30秒あたため、この急須から茶葉の入っている急須にお湯を注ます。そこから40秒待ち、急須から湯呑へお茶を注ぐんです」
といった感じだ。
こんな調子で……飛び込んだ先のキッチンでお客様と試行錯誤して、その結果を谷川の奥様の所へ持ち込み、奥様と更に検証を重ねる。
幸いな事に谷川の奥様はこの検証をとても楽しんで下さり、
「お仕事先で助けになる様に、冴ちゃん向けのお茶を作ってみましょう」と古くからのお茶屋さんに声を掛けて下さった。
このお茶が意外な波紋を呼んだ。
私が形ばかりで置いて行った“まろやか音”のチラシを見て……会社へ私ご指名の電話が掛かって来るようになった。それも“まろやか音”では無く、お茶の引き合いで……
私はどんな形であれ、自分の努力は報われるのだから嬉しくない事は無かったのだが……
社長から「どういう事だ?!」と問い詰められて、かなり心苦しかった。
ところが、私から報告を受けた社長は大笑いしてこう言い放った。
「文字通り“美味しい”話じゃねえか! さっそく商品化しよう!オレを谷川様とその木乃園というお茶屋へ紹介しろ!」
社長が絡むと物事は猛スピードで進む。
瞬く間に商品サンプルが上がり、皆で試飲し、私は生まれて初めて沢山の賞賛を浴びた。
「これはお前のお茶だ! 名前は……『冴ちゃん』をもじって冴子の“冴”、“ちゃ”はお茶の“お茶”、そして“ん”は今風にカタカナの“ソ”表記の『冴茶ソ』で決まりだな!」
「ええっ~!!!」と私は叫んだが、皆はもう、ノリノリで『冴茶ソ』と言い合っている……
ホントにもうガチで涙目の私に、社長は更なる無理難題を吹っ掛ける。
「お前、よく紙の端っことかにマンガ描いてるよな!パッケージ用に自画像を描け!」
さすがに!!『そんなとんでもない事ができるか!!!』とゴネ倒したのだが……社長も『冴子のキャラクター』を入れる事だけは折れてくれず、最終的には副資材の作成を依頼したユーケー企画のデザイナーさんに描いていただくことになった。
ホントにもう!!恥ずかしいのだが……
口コミの波に乗った『冴茶ソ』はバンバン売れて……浄水器の“まろやか音”も少しずつ売れ始めた。
そして秋が深まり始める10月……私は初めて“予算”を達成する事ができた。
次話へ続く