第3話 抱かせる代わりとなるもの
最初にイラストです。
やつれた冴ちゃんはあまり描きたくないので今の内に……
この先、冴ちゃんはもっと瘦せます。
では本編です。
◇◇◇◇◇◇
『抱かせなきゃ金は貰えない』
こんな風に、私の“生業”は単純明快だった。
ところが今はどうだ!
1台も成約していないのに給料が振り込まれている。
「これはおかしい!」と社長に直談判したら「オレはそんなに悪人に見えるか?」と睨め付けられた。曰く「海の物とも山の物とも付かない新製品を完全歩合なんかにできるか! こういう責任を取るのがオレの仕事だ!」との事だ。
確かに『まろやか音』ってネーミングは最低だし、レンタル料月額税込み5,500円、2年に1回ペースのフィルター交換費が税込み3,300円は業界の相場としては高い方だ。
でも、だからこそ!新発売キャンペーンとして初回工事費無料、解約金無しにしているのだが……機械の製造原価から考えてもこの料金設定は安過ぎるし、機器の性能、水の美味しさは他メーカーの追従を許さないレベルだ!
しかしそれを……飛び込んだ先のお客様に対してどう説明する??
厖大な数のチラシと名刺を消費した上で、ようやく玄関の中へ入れて貰えて、説明を始めたらお客様の方がさっさとスマホで他メーカーのレンタル料や諸条件をググって来る。
で、話はおしまい!
この事を日報に書いたら「お前は考える頭が無いのか?!」と社長に叱られた。
だいたい名刺1枚、チラシ1枚作るにも経費が掛かる。
稼ぎの無い私にとってそれすら惜しい!!
「だからと言って自腹は絶対に切るなよ!」と社長から言い含められたので……
私は悩んだ挙句、チラシもリソグラフの単色、2色、商業カラー印刷と3種類作り、商業カラー印刷には名刺をホチキス留めした。
また、大量に撒くポスティング用の単色印刷には手間と経費を削減する為に『お問い合わせ先』として名刺の内容を入れ込んだ。
実際の所、機器導入にはデモに持ち込まなければいけない訳だが、機械を持って回る訳にも行かず、私はペットボトルを何本か用意し、毎朝、『まろやか音』から“採れたての”プロダクトウォーターを注ぎ入れた。
プロダクトウォーターを満たしたペットボトルとチラシをキャリーバッグに詰め、これを曳きながら営業に回った。
ある時は会社がいっぱい詰まっている高層ビルの上から下まで1軒1軒回ったけど、受付の電話ですべて断られた。
ならば、決裁者がいるであろう休日の住宅街を“絨毯爆撃”しようと目論んでいたら「お前はもうプロなんだ!休日にはちゃんと休め!」とまたまた社長に叱られる。
こんな甲斐ない日常を繰り返し、足を棒にして会社へ戻ったある夜、社長に声を掛けられた。「これから飲みに行く。仕事として付き合え!」と
「それってブラックじゃん!」と言い返したら
「ああ、ブラックだよ」とあっさり返された。
◇◇◇◇◇◇
「抱かせなきゃ金は貰えない仕事を私はやって来たんだ!なのに今の私は!! 全く何もやっていない!」
酔った挙句に溢した私の愚痴に社長は答えた。
「確かにどんなにいい物でも売らなきゃ先へ続かない。でも“売る”って事が最も大変なんだ! 世の中は……稀に“勘違いバカ”は居るが……殆どの人間は自分の身を心を削って物やサービスを売って糊口をしのいでいる。 特に男は弱虫だから……削られてボロボロになった身と心を女に埋めて貰っているんだ。 お前が生業としていた仕事だって、そう言う意味では人助けさ」
「社長……賢さんも、助けられた?」
「ああ、公私ともにな」
「そっか、アンタ、離婚係争中だったもんね。私も足を洗った事だし……離婚が成立したら新しい相手を探しなよ」
「そうだな」とひと言置いて、賢さんは“ジャックさん”を呷った。
次話へ続く