第6話 ハルの後悔
私は入学時に一目、義孝君を見て好きになった。一目惚れというもので、毎日、彼の顔を見に義孝君のクラスへ行き、遠目で彼を眺めていた。それが毎日の楽しみだった。
そもそも入学式の日、道に迷った私を見かねた義孝君が「一緒に行こうか」と声をかけてくれて、幼馴染のすごく美人な女の子と共に3人で行ったのが最初。
義孝君は覚えていてくれなかったけどネ。
次に、他校の男子にナンパで絡まれていたのを、彼が助けてくれた事。とても男らしくてグッときた、いえ、キュンとして一日中大変だったわ。この次の日、お礼にクッキーを焼いて持って行った。彼のクラスで渡そうとしたら「ひゅーひゅー」って冷やかされた。
私も恥ずかしかったけど、義孝君の照れた顔は忘れることが出来ない。本当に大好きです。
半年が過ぎ、私は義孝君と話がしたい、声が聞きたい、と贅沢になっていた。でも、我慢した。接点がないんですもの。
1年が過ぎ、2年生になった。彼とはまたクラスが別々になった。神様、私にも幸運を与えて下さい。気弱で勇気の出ない私に、彼と接点をください。
新学期になって新しくできた友達たちと親しくなる過程で、罰ゲーム付きの遊びをした。罰ゲームは当初、好きな子に告白するというものだった。しかし思春期でもある歳ごろなので、好きと心情を素直に出せるわけもなく、全員が反対した。
結果、嘘告白するという罰に至った。
それ自体は盛り上がったけど、私がビリになり、罰ゲームをすることになった。私が告白するなら一人しかいない。義孝君だけに告白したい。
それ以外の人に嘘でも本当でも、告白するという選択はあり得なかった。
私は男子から告白されることが多かったけれど、自分が告白するのは初めて。とても緊張し、もし断られてダメな時は、しばらく学校を休もうと思っていた。
この罰ゲームは、告白が成功した場合は、付き合って1か月後に嘘告白だったことを白状して関係を清算することが条件で、嘘告白が失敗した場合は、それはそれでショックだろうと追加の罰はなかった。
奇跡的に私の告白は成功し、夢のような日々が始まった。
毎日が幸せで、とうとうファーストキスをしてもらえた。嬉しい。観覧車での思い出はきっと一生忘れないだろうと思った。
彼との会話では、どこの大学にしようか、一緒に行きたいね、その先はどうしよう、一緒の就職先にして、結婚は身内だけのこじんまりしたものにしようか、誓いのキスを皆の前でするのって恥ずかしいものね、などという将来の約束までしちゃった程、ラブラブなものだった。大丈夫かしら?と私の強い想いに翻弄されている幸せの自分、やっぱり女の子なんだなと微笑ましく思った。
だけど、私は深刻な分岐があることも分からず、浮かれてしまっているだけだった。
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お付き合いしてから一か月が過ぎて来てしまいました。
どうしよう。日々、暗くなっていく私。
隣の席の聡くんが私の顔を見て「大丈夫?」と声をかけてくれる。ありがとう。本当に貴方は優しいね。
事実を隠しているのもウソの一種。聡くんに相談に乗ってもらった。結論は、早く正直に話して、嘘告だったけど入学時から好きだったと、彼に正直に伝えるんだとアドバイスされた。
嘘告というイメージは悪く、私は義孝君に嫌われるのが怖かった。好きすぎて冷静に物事の優先順位がつけられなかった。これが私の一最初の判断の後悔。
私は本屋で、義孝君に会話を聞かれ、泣き崩れた。
スマホで連絡してもブロックされていた。メッセージも届かない、通話も繋がらない。
私の頭は真っ白になり、フラフラしたどん底の毎日に落とされた。人生の幸せを謳歌したのに、本屋の分岐点から、新しく悲しい道へと切り替わってしまった。
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せめて最初の頃に事情を説明して「嘘告で告白したけど、入学時から好きでした」と本心を伝えておけば良かった。
こう云うことは順序が違うだけで、二度と信用してもらえない状況になりえる。冷静になって分かったの。義孝君ごめんなさい。傷つけちゃったね。
悲しい。立ち直れない。学校へ行く気力なく、成績は良かったのに退学しようとまで、私の精神は追い込まれていた。恋心、されど恋心。自殺しないだけでも良かったと思えた。
1年生の頃のように、休憩時間ごとに彼の教室が見える廊下の隅に立った。彼を見かけたら傍に近寄って「義孝君、ごめんなさい。本当にごめんなさい」と謝った。何回も。
「できれば、私の話を聞いてください」とお願いしても、
彼は
「今は聞くことが出来ないよ。平静じゃないから。でも、嘘告は酷いことだから、次からはしないでね」
と優しく返される。
違うの、嘘告じゃないの。本当の告白なの。私は貴方が大好き、この世の中で一番好きなの。知って欲しい。会話したい。でも、伝わらない。
これが罰なのね。私が人の心を弄ぶ嘘告というのをしてしまった罰……。
何回、謝りに行ったことだろう。もう謝るために彼に会いに行くことも難しくなった。まるでストーカーのような行動に見えてしまっている私だから。
その最後は、彼が教室から出てきてくれた。
「ハルちゃん、もう何も気にしないで。俺は大丈夫、フラれ馴れてるからさ。ははっ」
私の求めるものとは違った方向で義孝君は発言し、立ち去っていった。
私の初恋はこうして幕を閉じた。
もしも可能なら、もう恋人同士でなくてもいい、知人としてでもお話がしたい。義孝君の声を聞かせて欲しい。友人として親しくならなくてもいいです。
贅沢は決して言いません、マイナスの今よりも知人という立場に引き上げて下さい、神様、お願いいたします。