第9話 鉱泉
夕方、すでに16時を過ぎれば暗くなる冬、しかも山の中なので夜が早い。
夕飯には教えられた通り、イワナのフライ、刺身を追加注文しておいた。
美味い食事を堪能したのち、俺たちは温泉に入った。いわゆるラッキースケベが起きるわけでなく、しっかりと男湯、女湯、混浴と分けられており、露天風呂を含めて体を温めた。
瑞葉に「混浴ってどうなってるんだろ、興味深いな、一緒に入ってみる? いいよね」と苦しくも話しかけたが、即撃沈だった。
「結婚してからね、じゃ」
瑞葉は彼氏とか恋人であろうとも身が堅い。やはりダメだったかと俯き、ふぅ~と溜息を出した。由愛が通りかかり「お兄ちゃん」と近寄ってきた。
「混浴って家族風呂のことよね。一緒に入る?」
由愛、お前は本当にいい妹だ。配慮もタイミングも最高だ。お兄ちゃんは妹のファンだぞ。頭を撫でていいかな?
「ああ、家族だもんな。一緒に入るか」
「冗談に決まってるでしょ。なに即同意して一緒に入ろうとするのよ」
「むむむ……」
「まったくもう、ムードもヘチマもないわね。ぷんぷん」
「いや、由愛は妹だからな、そんなエッチな目で見たら失礼だし、欲情したらしたでマズいお兄ちゃんになってしまうし、いやいや、可愛いだけに万が一欲情してしまったら湯船からあがれないし……」
「何ぶくつさ言ってるのよ」
瑞葉が顔を出し
「由愛ちゃん、早く入ろ」といって女湯に連れて行ってしまった。
小林が男湯の出入り口から顔を出し「おせーぞ、待ってんだぞ、早く入ろう」とせかしてきた。
☆☆☆☆☆
早速、露天風呂に小林と二人で入った。すると洞窟を模したエリアに人影があり、俺たちに気付くと近寄ってきた。昼間に遭った大学生の兄さんたちだ。
「やあ、こんばんは」
「あ、どうも。昼間のアドバイスのおかげでイワナを食べられました。美味かったです」
「そうだろ、俺もコレがキッカケで毎年来るようになったんだよ」
「はい、忘れることが出来ない思い出になりますね」
そして小林を紹介する。
「僕は小林といいます。イワナ、初めて食べましたが美味しかったです。義孝がイワナ注文した際に教えて頂いた件を聞いて、ありがとうございました。昼間、別行動で釣り場を探してたんですが、イワナは禁漁だから釣っちゃダメって言われて凹んで帰ってきました」
「そうかそうか、渓流のイワナやアマゴ、ヤマメには漁業権が設定されてて、禁漁期は採捕できないんだ。知らずに釣り糸を垂らしていて捕まったら大変だったね」
そんな感じで大学生の兄さんたちと会話をしていった。しばらくすると女子会ごとく恋バナに移行した。
「君らは何というか大人っぽいな。礼儀正しいし、頭も良さそうだ」
「いえいえ、そんな……」
「謙遜するなよ。立派なものだ。ところで一緒だった女の子たちは恋人かい?」
「はい、一人は僕の彼女で、もう一人は妹です」
「そうか。とても可愛い女の子たちだと仲間と話していたんだ。変な男たちが寄ってきて大変だろ?」
「そうですね、告白とかよくされているので、彼氏としては心配してしまいますね。告白を断ったら逆切れして迫られないかとか、格好いい男子だと、逆に自分が相応しくないかもとか」
「うーん、なるほどなぁ」
「はい。割と辛いです」
「確かに美人な恋人を持つと辛いだろうな。そうだ、アドバイスしてやろう」
「はい、お願いします」
「女の子って、可愛い、美人、スタイルがいい、ってことで評価されがちだろ。でもな、化粧を流して、服を脱がしてみれば、みんな同じに見えないこともないんだ」
「化粧をとったら眉毛がなくて別人に見えたり、胸があるように見えたけど、ブラを外したら実際は無かったりとか、まぁ、こんな話は余計か」
「つまり、女性の外の部分への拘りを無くしてしまえってこと。重要なのは中身なんだよ。高校生ぐらいまでだと、あの子が可愛い、あの子は美人、それらのみに偏るよな」
「彼女が可愛くて男に人気がある、ってことで不安に思っているんなら、風俗に行って沢山の女の子の裸を観るんだ。少し経つと皆同じに見える。だから重要なのは”心”なんだと気づけるんだよ」
俺は目からウロコだった。今まで俺の目には鱗がびっしりだったようだ。そして感謝の気持ちと共に言葉を発する。
「こ、高校生は風俗にいけませんですけん……」
☆☆☆☆☆
俺と小林は、風呂を上がってジュースを飲んでいる。気分は新たな知見を得たことでウナギ登りだった。
一方、小林は長風呂で赤くなった肌を観ながら、腕を組んで考え事をしていた。時折「ふむふむ」とか「なるほどなぁ」とか独り言をいっている。
小林は今日別行動が多かったが、その理由を話してくれた。
「実はな義孝、おれ、由愛ちゃんに一目惚れしたかもしれん」
俺の気持ちは、あっという間にウナギ下がりになった。