第8話 旅行
「ねえねぇ、お兄ちゃんって自己評価、異常に低くない?」
年末年始、俺たち、親友の小林幹夫、恋人の瑞葉、妹の由愛の四人で鉱泉宿へと憩いの旅行に来ていた。両親に連れてきてもらったのだが、俺たちは基本、自由行動だ。
瑞葉が俺たちの献身で精神を早くに回復し、これぞ愛のなせる業と喜びを皆に与えた。ただ少しだけ記憶障害が残ってしまっていた。そんなことから温泉にシャレ込んだのである。
この宿は山の中にあり、料理が美味いらしい。川にはイワナが泳ぐほど奇麗で水量も多く、それゆえ人里離れた雰囲気をまとっている。温泉街のようにガヤガヤしているのではなく、神聖な波動まで感じるほどだ。
年末年始の年をまたぐ際には、宿の近くにある祠に行ってお賽銭をあげ、お祈りする予定である。
今は宿の周辺の道を、瑞葉と由愛の三人で散歩している。小林は「釣り糸を垂らせるところがないか探してくる」と言って別行動。
「完璧だな」
「何が?」
「事件は解決し、瑞葉も戻り、由愛は可愛い、兄ちゃんは嬉しいぞ」
「今私がしてた会話、聞いてた?」
由愛が言っていたのは、毎回、俺が「俺の顔は平均、運動も普通、勉強も平均。瑞葉とは吊り合ってないけど、付き合えてて嬉しいぞ」と口癖になっていることだった。
「私から見ても、お兄ちゃんって格好いいよ。どうしてそんなに卑下するのかな? もっと自信を持てばいいのに」
「いや自信家になって痛い言動するよりか好いだろ?」
「自信家にならなきゃ好いじゃない」
「顔だって格好いいって言われても、鏡で見ればそんなに思わんし」
自覚できなかった。瑞葉と吊り合うように頑張ったおかげで、運動も成績も上がっていたのが幸いで、少しは堂々と瑞葉の横に居れるようになった。反面、卑下していた自分の俺様暴走は成りを潜めつつあった。
「由愛は可愛いからなぁ。そんなに苦労しないだろ」
「苦労って? 告白を何度も受けると辛いし、同級生女子から逆恨みみたいな事も起きるんだよ。あんま嬉しくない」
「そんなに苦労するものなのか。美人は人生楽勝、みたいに思えるんだけどな」
「び、美人って……何言ってるのよ!」
パシンと肩を叩かれた。
「何を照れてるんだよ」
「美人薄命って聞いたことある? それはね、男性がアレヤコレヤで面倒ごとに巻き込んでくるから、平穏無事に長生きできないって事なのよ」
「へぇ、そうなんだ。一個賢くなった」
「えっへん、よろしい」
「由愛は今好きな男の子っているのか?」
「へっ」
「同じクラスのヤツとか、バスケ部の先輩とか」
「バスケ部はお兄ちゃんが入ってるから入部しただけだし」
「同じクラスにいるのか、好きな男子が」
「へ……」
「いや、居たら観に行ってお兄ちゃんが妹に気楽に手を出すなって言ってやる」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いないよ好きな同級生なんて」
「お父さんは「娘はお前にはやらん!」ってセリフが言いたいらしいぞ」
「……」
目に涙をためるようにウルウルし始めた由愛。なんだ、可愛いぞ。
「ばかっ」
☆☆☆☆☆
妹必殺の「ばかっ」を言われた時、タイミングよく瑞葉が加わってきた。
「義孝君が自己評価が低いのは知ってるけど、やっぱりもっと高くした方が好いよ。だって私の彼氏なんだよ」
「何言ってんだよ瑞葉、俺はお前が眩しいよ」
「そもそも対等なんだよ、恋人同士って。私と義孝君が吊り合っていないとか、よく言うけど、私は、私を救ってくれた義孝君には頭が上がらないから」
瑞葉は俺の腕をとって組んできた。体を寄せてきたせいで、柔らかな部分が少し当たる。その感触はお約束通り神経を集中させるので、カップルになってから長いのに照れてしまう。
「そ、そうか? 嬉しいけどな」
「……あのね、今は冬、ダウンジャケット着てて胸の感触が分かるわけないじゃん」
「う……」
なぜ俺の心の中が見抜かれる? なぜ正確に当てられるんだ。ドラマならあると思うが、リアルで当てられると不思議という感覚になる。妹にもよく見抜かれるしな。くわばらくわばら。
「また失礼なこと考えてる~」
「ぐっ」
「ふふふ、女の勘って当たるのよ」
「いや勘は当たるっていうけどさ、前の初詣の時『神社は神様のオーラで神域化されてるから危険は全く感じないわ!』って自信満々に宣言した後で、道でコケて顔を打ち付けたよな」
「あらあら、そんなことあったかしら」
プイッと顔をそむける瑞葉。
「ああ、鼻血だしてたぞ」
プイっと顔を隠す瑞葉も可愛いなぁ。幸せを感じる次第だ。
☆☆☆☆☆
道の前方から男性四人が近づいてきた。同じ宿に泊まっている旅行者だと思われる。すれ違い際に声が掛かる。
「やあ、君たちも旅行かい?」
「はい、こんにちわ」と瑞葉。
代表して俺が応える。
「同じ宿みたいですね」
「ああ。俺たちは大学のサークルで一緒でさ、毎年、この宿に来て年末年始を過ごすんだ」
「僕らは両親に連れられて初めてこの宿に来ました」
「そうか、よろしくな。この宿は、イワナを刺身や天ぷらにして食わせてもらえる。滅多に食べれる魚じゃないから、記念に頼むといい」
「へぇ、イワナですか、教えて下さり、ありがとうございました」
「イワナって、人里離れた山奥にしか棲んでいない、幻の魚って言われていた貴重品でしたかしら」と無駄知識の多い瑞葉。
「そうだよ、よく知ってるね。イワナを使った骨酒というのも趣があっていいよ。君たちは大学生?」
「僕らは高校生です。お酒、飲めません」
「そうか、失礼した」
「いえいえ」
「それじゃ、今年最後の旅行、楽しんでね」
「はい、ありがとうございます」
俺たち3人はぺこりとお辞儀をして、彼ら四人は手を振って宿へ向かって戻っていく。
なんだか爽やかな人たちという印象だった。瑞葉も由愛もニコニコしていた。大学サークルというと例の怪しい連中を連想するのだが、会話をしていても安心感を得た。
☆☆☆☆☆
しかしこの辺は神聖な雰囲気がすごいな。道ごとに、橋ごとに道祖神が祭ってある。