第5話 哀愁
何という事だ……。
小林と別れ、とぼとぼと自宅に向かって歩いている間、俺は頭の整理をしていた。嫉妬に狂った挙句、冷静な判断が全く出来ていなかったから、自己診断が必須と思える。
実際、錯乱して話が全然進まなかった。
そもそも瑞葉が木下に肩を抱かれた時に、ああ、こいつは寝取られるに違いない、と感じた。あの俯き耳まで真っ赤にしているのに、木下に真剣に怒らない瑞葉に危うさを感じていたのは事実だ。
「お前を信じているぞ」という俺の言葉は無視され、想定通り、たった二週間で、他男子との恋人つなぎを見せられ、ホテル入口で二人が吸い込まれるという偶然に遭遇、そうだな……俺、予言者のスキルがあってチートかも知れんな。
まるで瑞葉は幼馴染の聖女さまだな。うん。木下は勇者か。NTR常連。心底くだらなかった。
冗談はさておき、フラついてた瑞葉を思うと、酒や薬を盛られた可能性もある。なぜ助けることが出来なかったのか。
頭が働かなかったので仕方がない。訪問校のAちゃんに誤送信した瑞葉お別れメール達は本人へと送り直したし、最低、やるべきことは出来ている、と思う。
瑞葉が読んだ後で、彼女の返事を把握したうえで解決だ。
……瑞葉が、木下のような知り合ったばかりの先輩と、手を繋いだり、ラブホに行ったりするわけない。彼女を信じなければ。俺が信じなくてどうする。うん。
帰宅途中に公園がある。幼い頃はよく瑞葉と砂場で遊んだ場所だ。砂場ではケラがいて捕まえて可愛かったが、時々、犬猫の糞に直球、ストレートど真ん中、ストライクしたことが多々あった。
懐かしいな。二度とないのかな。寂しいな。
感傷に浸りながら、公園内に歩を進め、粗末、いやベテランのベンチに腰掛けた。小さい頃は大きいベンチに感じたのに。時の流れを感じる。缶ジュースでも買うか。自動販売機へ向かう。十円が釣銭口に残っていた。ラッキー!
「はぁ……」
あいつは俺からのメッセージを読んで何て思うんだろう。「バレてしまってごめんなさい」なのか、逆切れして「あんたなんか云々」って喚くのか。大人しくシクシク泣き続けるのか。
俺の好みとしては、シクシク泣き続ける娘の方が好いな。
電話が鳴った。瑞葉からだった。
『義孝くん、義孝君、今どこ、どこにいるの? 教えて直ぐ行くから!』
「自宅そばの公園でベンチに座ってるよ。よく小さい頃は砂場で遊んだなぁ、その場所。メッセージでもいいぞ。直接顔を合わすのはキツいだろ? もう俺達の関係は終わりだから」
『そんなこと言わないで! 終わらせたりしないから! 大好きなんだから! 今日のは違うんだから!』
「”違う”って、よくNTRで女性が第一声でいうやつ……」
『どこ情報!? もう、そこで待っててよ! 今向かってるから!』
ふっ、なんだか普段のやり取りみたいじゃないか。でも出来れば第一声は”ゴメンナサイ”が良かったな。はぁ、思いっきり瑞葉に惚れていただけにキッツいなぁ。
ああ、それでも瑞葉はメッセージを読んで直ぐにホテルから出てきて、ここに向かってるってことか。だいたい既読スルーで次の日になる展開が普通だもんな。少なくとも今日は木下に初体験を散らされなかったんだな。
で、ラブコメだと、これから追及する際に、きっと余計な出来事や人が介入してきて、想定外のジレジレ展開、問題は解決しないし、どうして浮気をしたかとか、どっちからホテルに誘ったとか、細かなことは後回しとなる。この王道だけは全力で避けたい。
その点、改めて俺の場合は隙が無いよな。もう「お別れ」宣言は終えてるし、瑞葉の謝罪や言い訳を聞くだけで経緯も分かり、バットエンドまっしぐら。
決着はついたも同然だし、次の恋人を探しに旅にでも出ようかな。お金ないけど。ショッピングモールや本屋で出会いなんてないし、ナンパもしたことがないなオレ。
コンビニバイトで出会いを求めるか。それも実績としてはよく聞くよな。店長がバイトのJKを喰っちゃったとかさ、それは捕まるだろ。高校生同士なら問題ないけど。
マッチングアプリはどうだろう? サクラが多いと小林が言っていたな。あいつ使ってんのかな。18禁だったと思うが、年齢詐称かよ。笑っちゃうよな。お金が死ぬほど掛かるって言うしな。ダメじゃん。
大人しくクラスメイトに声を掛けた方が成功率高そう。俺ってずっと瑞葉と一緒だったから、声かけるとか以前に、恋愛対象って作れるんだろうか。
ポジティブ思考をすれば、バスケ部は男女で分かれてるから、女子部員と仲良くなる壁が最初から高いな。部活止めよかな。
俺って陽キャのように見えながら、精神は陰キャ系なんだよな。
……瑞葉の存在ってデカいな。失ったら、すんげー孤独感。長すぎる幼馴染と恋人になるって、失ってしまうと危険なほど精神ダメージが来るな。
でも別れないという選択肢はないんだよな。
瑞葉と我慢して付き合ったとする。ラブラブになる何らかの場面では、木下とは既に済ましてると連想が勝手に脳内に出てくるだろうし、そう簡単には忘れる事って出来なさそうだ。つらいな。
「はぁはぁ、義孝君、ごめんね、待ったー? はぁはぁ、お待たせーーっ」
運動が苦手だった瑞葉が、息を切らしてゼイゼイ言っている。ノンストップで走り続けてきたのだろう。彼女は少しハードな走りをするだけで心不全で倒れてしまうぐらい身体が弱っちぃのに。
……なのに、カラ元気で普通のフリなんて、頑張ってするほどの事じゃないだろ。俺のために、そんなに頑張るなよ。