第3話 目撃
木下のセクハラ事件を思い出す。
「ねえ義孝君、今日は、肩に手を回されて。ごめんなさい」
しゅん、となった瑞葉が謝る。
「謝らなくてもいいよ」
「でも、そのお詫びに腕を組んでいるんだよ。柔らかいかな、私の」
「うむ、瑞葉かわいいよ」
「なに言ってるのよ、もうっ」
というくだらないイチャコラ会話をしながら、俺と瑞葉は自宅へ向かって歩く。
駅に近づいた際、こそこそした男女がホテルの入口に入っていった。
「今の男子の方、木下先輩じゃない?」
瑞葉が目ざとく発した。
「女の子の方は……ゆ………ちゃん?」
「おやおや、見てはいけないものを観てしまったな不純異性交遊」
俯いて耳まで真っ赤になった瑞葉。今のホテル内を想像しているな。このムッツリちゃん。いいよ、君の許可さえあればいつでも俺が付き合ってあげるよ。ホラ、同意するだけで新たな扉が開く……。
「ねぇ、何か悪いこと考えてるでしょ」
「いや、そんなことはないぞ。私服に着替えなきゃホテルに入れないし」
「サイテー! エッチ、スケベ、アンポンタン!」
うむ、今日の瑞葉には、いつものキレがないな。想像以上にエッチなことを連想しコーフンしてしまって、心ここにあらずか。それとも木下がホテルへ入ったことから自分も木下と一緒に入って、などと連想しているのか。
「女子の方はよく見えなかったな」
「ちょっと嫌がってる感じはしたよね。まぁバレると退学だし、怖いんだと思う。で、でも……」
なんにせよ収穫だけはあった。木下がスケベ野郎ということが明確に瑞葉に伝わり、親しくなったりしたら危険だという事も認識できたことだろう。木下と二人で運動部巡回をしても少しは安心できるな。
自宅に戻ったら妹はまだいなかった。木下の件を共有し啓発しなければ。
妹は二時間後に帰ってきた。どこ行ってたんだ?
☆☆☆☆☆
あれから二週間がたち、木下・瑞葉組、俺・小林組は順調に他校訪問をこなしていた。今のところ問題は起きていない。由愛(妹)が急に辞退し、体調が優れないと自室に引き籠りがちになっている。どうして俺たちだけでやってんだと不満は高まるばかりだが。
他校の女子生徒と知り合って小林が喜んでいるが、これぐらい許容範囲だろう。俺もスマホの連絡先交換をしたしな。
少し驚いたんだが、女子校にも訪問した。たいへんな美女たちの巣窟、右を向いても左を見ても女の子ばっかり。ふぅ~目の保養になった。小林の目が血走っていたけど。
ここで少し考えた。こうやって連絡先を交換できてるという事は、瑞葉たちも同様だし、寧ろ、俺たちよりモテるし、マズいのでは。ナンパされてないだろうな。
更に重要な事にも気づいてしまった。
俺はホテルの使い方は分からない。システムを知らないから。しかし、木下は俺・瑞葉が目撃した通り、ホテルを使っていたわけだ。無知ゆえ俺が瑞葉を誘っていくことはないが、木下の場合は話が別だ。
しかも瑞葉はホテルに入る男子の方が、木下に似ていると俺より先に気づいた。俺は全く気付きもしなかった。一瞬だったからな。嫌な予感がする。なぜ瑞葉は会ったばかりの木下が判別できたのか。
俺の勘が教えてくれようとする。安心するのはまだ早いと。
☆☆☆☆☆
俺と小林は、他校巡りを終わらせ、駅裏の古びた喫茶店に入って休憩していた。オシャレなカフェではなく、古くて汚い、否、ベテランの風格が漂う喫茶店にしけこんだ。
学校まで戻るのは労力的に無理だと勝手に解釈し、相変わらずの現状に対して愚痴をこぼし合う。
テスト期間や体育祭、文化祭などの青春イベントは重要視されず、なんで俺たちばかりハズレを引くのか、木下の手口で嵌められたのか。なぜ彼のペアが瑞葉だったのか。
妄想がはかどる。
そんな風に授業中のごとくダラけた雰囲気に包まれた俺たち、そんな時、小林が見つけた。見つけてしまった。二人で歩く姿を。俺の人生が終わりそうな鐘が鳴る。
木下と瑞葉が仲良く手を繋いで歩いているではないか!
「なぁ義孝、あれ瑞葉ちゃんだよな。木下と手を繋いでるぞ。おいおいマジかよ」
「あ、ああ、ああ‥‥」
「義孝、気をしっかり持て。まだ決まったわけじゃない。恋人つなぎだってしてるかどうか」
「し、してる、恋人つなぎ……」
「うっ、そうだな。俺も確認した。そしてココは駅裏、ラブホがあるエリアだ。取り急ぎスマホで写真を撮るぞ。動画も。義孝、追跡の準備を急げっ! 放心状態になるのは今しばらく待て」
「お、おう……」
「おや、瑞葉ちゃん、酔っぱらってるのかな? 足取りがフラついてるぞ。見て見ろ、フラフラしてる。千鳥足だ。木下が手を繋いで支えてるって感じでもないな。薬盛られたのかも」
「!」
衝撃的な場面を見た俺は、小林の肘を掴み、少し待てとお願いする。そしてスマホを取り出し、メッセージを素早く打つ。宛先は瑞葉。カウンターアタック、速攻だ。