第13話 夢が変
「由愛、お母さんをいつ見たか記憶にあるか?」
「えっ、何の話?」
「お母さんやお父さんをいつ見たかの記憶の話」
「う~ん、いつだったかな」
由愛は唇に右手の人差し指を当てて考え込む。
「うん、うん、う~ん」
徐々に由愛の顔に真剣な雰囲気が纏わりついてくる。
「えー、何だか変、思い出せないや」
「やっぱ、由愛もか」
俺は最近の記憶について、疑問が出てきたことを由愛に話した。由愛も目を見開き、話を聞いていたが、納得したのか、彼女も話し出した。
「お兄ちゃん、私もね、少し違和感があったの。朝、目が覚めると夢の記憶がしっかり残っていてね、登場人物はいつも四人だけ。小林さんと私達」
「俺と由愛と瑞葉と、小林だけか」
「うん。変でしょ?」
「そうだな。他に変な気づく点はないか?」
「えっとね、夜眠る時なんだけど、目をつぶるとお兄ちゃんだけしか出てこないの」
「うん、何だろうソレ」
「お兄ちゃんと私だけしか出てこないの」
「俺と二人で何してるんだ? 夢の話なんだろ」
「二人で共同作業してるの!」
キャ! って言って由愛は顔を伏せ、ベットに座る俺を避けて通りすぎ、布団をかぶり丸まった。俺は不思議に思い、由愛の顔にかかる布団をまくって顔を覗き込む。
「あ、お、お兄ちゃん、ダメ、駄目だよ未だ早いからっ」
耳まで真っ赤になっている。なぜだ、なぜこんな展開になってる?
★★★★★
俺はベットに腰かけ、腕を組んだまま思索にふけっていた。
どうやら、由愛の記憶にも両親と過ごす姿が薄まっている感じだ。俺も同じである。そして由愛の夢のケースでは、出演者が四人だけという事だ。考察はとん挫した。
「由愛、今夜はお父さんもお母さんも帰ってこないのかな?」
「うん、そうだね」
先ほどから、由愛は布団から顔を出したり、俺と目が合うと引っ込めたりしている。カメのような感じだ。正直、可愛い。
両親が帰ってきたら話をしてみよう。
「今日、お母さんたち帰ってこないかもな」
「そうだね……」
「お父さんは仕事で忙しいのかなぁ」
「うん、二人っきりね……」
「由愛ちゃんさ、なんだか話が嚙み合ってない気がするのは俺のせいか?」
「今日のお昼に、お兄ちゃん、私をダッコして可愛い、かわいいしてくれるって約束したよ」
「えっ?」
「約束……」
そうだった、やるやる詐欺もいい加減にしないとな。仕方がないか……。
「わかった」
俺は静かに布団をめくる。黄色の可愛いパジャマを着た由愛が上半身を見せる。由愛の右手側に左手をつき、右手で頭に触れる。ビクっとする由愛。俺の視線を避けるように照れながら横を向く。
「由愛、お前にはいつも苦労させてる。ごめんな」
「ううん。私こそ、迷惑かけてばかりで、ごめんね」
優しく髪をすきながら頭を撫でる。頬に触れると彼女は両手でつかみ、俺の手の感触を確かめるようにスリスリと甘えてくる。
「なんだ、寂しかったのか由愛」
「不安だったの。お兄ちゃん……わたし、わたしね……」
頬を赤く染め、目はトロンとしている。絶世の可愛らしさだ。俺はその可愛い顔をゆっくりスリスリする。手を頬から顎の方へ進ませ通過する指に由愛は甘噛みをしてきた。
「あ、ごめんなさい……」
由愛は手を放して俺の首に両腕を回す。ウルウルする瞳で俺を見ている。
「それじゃ、ぎゅっと抱っこするぞ」
寝ている由愛の背中に両腕を回し、自分の胸に引き寄せ、優しくハグをする。由愛も、ぎゅっと腕に力を入れた。小柄な体を腕に包んだ瞬間、彼女は「あっ」と小さく呟き、俺はそのまま右手を頭に戻し、ナデコナデコを継続する。
「お、お兄ちゃん、しゅき」
「俺も妹として大好きだよ」
ぎゅぅ~~~~~
俺はパジャマの上から彼女の背中を撫で、手をくびれたウエストまで下げ、また肩まで上昇させる。左腕で支え、また右手で頭を撫でる。指で頭皮をマッサージするがごとく動かしてゆく。肘と膝を使い、決して俺の体重は由愛には乗せない。
「不安だったのに、すごく安心するよ」
「ああ、おれもだ」
心がこもった家族の抱擁は親愛の証、抱き締めるのは、なにも身体だけをギュっとするわけではない。彼女の心と一緒に身体を抱きしめてあげる、これが抱き締めの極意、本物のハグである。
これぞ伝説とまで云われた、お兄ちゃん必殺の妹殺しハグであった。
↑ 幸福感で、ほにゃら~となったユアイ
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
「さて由愛、バカやってないで今から瑞葉ん家に行くぞ。着替えよう。スマホで連絡しておく」
「もうハグ終わり? 残念……うん」
まごうことなきバカ兄妹の一幕であった。
★★★★★
幼馴染の家、すぐ近所なのであっという間に到着する。
ピンポンを押して待つこと数秒、彼女がピンクのパジャマで出てきた。彼女も笑顔で可愛い。
「こんばんは。待ってたわよ、さぁ入って」
「こんばんわ」と由愛。
「おじさん、おばさんは?」
「両親は、今日は帰宅しないって連絡があったわ。ってテーブルの上に書き置きがあっただけだけど」
「そうか、俺たちの両親も不在なんだよ」
「うん、じゃぁ今日は泊りね」
「ああ……」
「義孝君、ご飯食べた? お風呂がいい? それとも、わ・た・し……」
「どこで覚えてきたんだソレ」
「あ、ごめん」となぜか由愛がモジモジしている。
お前か
★★★★★
今までに分かったことを瑞葉に掻い摘んで話し、彼女の記憶と擦り合わせをしてみた。
「私も一緒ね。両親の記憶が殆どないの。夢については由愛ちゃんのと一緒。四人しか出てこないわ。夜に眠る時は目をつむって、私と義孝君しか出ていないわ」
「瑞葉お姉ちゃん、いっしょーっ」
「そうね。ふふっ」
二人が笑顔で見つめ合ってる。美少女たちが幸せそうにしていると、俺まで嬉しくなってしまう。だけど、一つだけ理解できないことがあった。
「なぁ、毎回思うんだけど、夜、目を瞑ったら俺と自分の二人しか出てこない、って部分さ、具体的にはどんなん?」
「そんな恥ずかしいこと言わせないでよ!」と瑞葉。
「お兄ちゃんのばかっ」
ムムム……やっぱり俺は鈍感系主人公なのか、そうなのか、そうだったのか。
★★★★★
瑞葉が新しい着眼点をくれた。
「私が違和感を感じた一番最初は、義孝君がいつもの精神状態ではなく、幼馴染の私でも見たことがないほど別人に思えた変態メッセージたち」
「木下がお前を寝取るの件(未遂)の時か。確かに俺があんなにイライラして発狂したみたいに変になったのは自分でも可笑しいと感じるな」
「そして二番目は私自身、精神が病んでしまって、記憶が空白になった期間よ。私もどうしてか分からないけど、何かが作用して可笑しくなってしまったと思うの」
なるほどな。
「私達しか居ないみたいよね。今の世界で」と由愛。
遠くを観るような眼をしている。それは俺も瑞葉もそうだった。何となく実感がわかないな。
「明日は小林にも聞いてみよう」
その後、リビングのソファーを利用して3人で寝ようとする。俺は床だ。
「瑞葉は自分の部屋のベットで眠ればいいぞ」
「……うん、わかった。おやすみなさい」
「おやすみなさい」と由愛。
瑞葉はトボトボと自室に向かって階段を昇って行った。
「じゃぁ、俺たちも眠るか」
「お兄ちゃん、瑞葉ねえちゃんを襲いに行っちゃダメだよ」
「あのなぁ、そんなことするわけないだろ」
……返事をしながらハタと気づいた。
「俺と瑞葉って恋人同士だぞ? なぜに恋人の俺が注意されなきゃならんのだね」
★★★★★
やはり、おじさんもおばさんも帰ってこなかった。これはテーブルの上にあったメモ書きからも不自然ではない。朝、自宅へ戻ったが、俺たち兄妹の両親も帰って来ていなかった。
3人合流して高校へ向かう。徒歩で通える距離だ。
途中にある電車の駅、そこの傍に木下NTR事件のホテルがある。
学校が始まって昼になった。食堂でいつもの席に陣取り、4人そろった。かいつまんで小林に話をした。
「それか。おれも気づいていたぞ。変だな、変だと徐々に違和感が出てきて、日常での不自然なものが、どんどん自覚できてきた」
「うんうん、それで」
「実は、俺たちは夢の世界に閉じ込められている」
「な、なんだってぇーーーっ!」
まさか夢の世界か?
そこに俺たちは閉じ込められているのか?
瑞葉、由愛、小林と話し合いを進める。現状の認識と情報の共有だ。




