第11話 学校
旅行から戻り、俺は日常に放り込まれた。
昼休みになった教室にて、小林が俺を飯に誘う。
「学食に行こうぜ、義孝」
「了解」
学食には、カツのA定食、鳥のB定食、カレーのC定食があった。俺はこの三つをローテーションしている。
小林と奥のテーブル、イスを決め、給食のおばちゃんにチケットを渡す。ほどなくして料理が出てくる。お盆をもってテーブルに着くと小林も遅れてやってきた。
他の生徒たちも運動部はガツガツ仲間と過っ喰らって食べているし、文化部系は静かに喋りながら口に運んでいる。
「どうした」
小林が口を開く。
「いやさ、日常って平和だな」
「そうだな。平和だ」
こんなマッタリ感で俺たち二人が過ごしていると、食堂の入口に美人が姿を見せた。瑞葉だ。周囲の男子たちが憧れの眼差しで彼女を観る。彼女は俺を認識すると近寄ってきた。
「義孝君、今日、お弁当作ってきたよ」
「もっと早く言えよ。定食、食っちまった」
「うっ、義孝君を探してたのに」
ちょっとウルウルした目になった瑞葉を眺める。
「いいよ、ありがとう。食べるよ」
「お腹いっぱいでしょ?」
「お前が作ったんだろ? 手料理なんだから食わない手はないよな」
「本当? 無理してない?」と言いながら弁当を包んだ布を開ける。
「ああ、大歓迎だ」
「はい。どうぞ」
その弁当には、カラフルなハートが調味料で作られており、コロッケ、ハンバーグ、ソーセージ、焼き卵などが揃っていた。意外と出来がいい。
「私はコレ」
「小さい弁当箱だな。女の子って皆小さい弁当箱で、午後の授業でお腹空かないか?」
「だいじょうーぶ」
「そうか。俺の分、作ってくれてありがとな。うまそうだ」
「ふふ、愛妻弁当だからね」
こういうバカップルっぽい会話をしながら視線を周囲に這わすと、何人もの男子の視線が自分に集中していたことに気付く。
流石の俺も、少し照れてしまい、いや、瑞葉という可愛い娘を恋人にしている自慢みたいな気分が沸き上がり、にやけてしまう。
「美味いよ。瑞葉のお母さんに手伝ってもらったのか?」
「ううん、全部、私のお手製だよ。愛情もスパイスで込めているからネ。美味しく食べて」
「いや本当に美味いぞ。何だか意外だな」
「意外って何よ。失礼じゃない?」
言葉とは違って、瑞葉の顔はニコニコである。小林がこのラブラブ空間に耐えかねて言う。
「おれって邪魔か? 教室に戻ろうかな」
「そんなこと言うなよな」
「あ、小林君、ごめんね、お邪魔したのは私の方なのに」
こうして普通の会話と楽しい時間を過ごしていたわけだが、俺はふと気づいてしまった。
「あれ、瑞葉から手料理の弁当を貰ったのって初めてだっけ?」
「初めてよ。私作ったことないから」
うーん、何だか、以前にもこんなやり取りをした気がするし、食べさせてもらった気もする。思い出そうとするが思い出せない。俺は困った顔をしているようで、瑞葉が気にして話し出す。
「作ったとしたらパーティかハイキングかな。お母さんと一緒に。孝義君はそういう場ではお母さんに挨拶や感想やお礼を言ってるけど、私がエプロンして料理に参加してるから、以前にも手料理を振舞ったと勘違いしたのかも」
「あーそうだな。きっとそうだ」
「これからも作ってあげよか?」
「手作りって大変だろうから良いよ。いいっていうのは辞退な。気を使ってくれてありがとう。なにかのイベントの際には頼むよ」
「大変じゃないよ。愛しい彼氏に作ってあげるのも凄く楽しくて嬉しいものなの。家族分を作っていると一人分増えたところで労力や材料はあんまり変わらないんだ」
「そうか、そういうものなのか」
ふんふん、と瑞葉の説明を聞いて頷くも、小林が今か今かと茶化したそうにしている。ラブラブなカップルを揶揄うのが小林の趣味みたいなものだからな。
小林は妹の由愛に告白はしないのかよ。
そんな風に思っていたところ、何かが頭の中に浮上してきた。あれ? 瑞葉のご両親、おじさん、おばさんの顔が浮かばないぞ。何だか霞で陰っている感じがして気持ち悪い。
何だろう、記憶がいまいちだ。
小さい頃から世話になっているのに変だな。
☆☆☆☆☆
一時的な記憶障害でも発生しているのかと軽く考え、俺と瑞葉はイチャイチャ会話を続け、周囲から羨望と嫉妬を一斉に集めていた。
瑞葉の弁当は確かに美味かった。
しかし、こんなに美味いのだったら、以前から弁当を作ったり、幻の”あーん”とかしてくれている記憶がないのは、どうしてだろう。記憶を探るも、今一つ思い出せない。
不自然ではないか?
☆☆☆☆☆
次の日の食堂で、俺と瑞葉、小林が揃って食事をしている時、今度は由愛が近寄ってきた。
由愛も可愛くて人気の女子である。告白も数多くされている。瑞葉と同じように、その可愛らしさを鼻にかけることはせず、男女等しく応対するし、オタク系の陰キャ諸君にも平等に優しい。
兎にも角にも人気がすごくある。
瑞葉だけでも周囲の男子の視線が痛いのに、由愛の可愛らしさで二乗され、俺と小林は何とも言えないムードを漂わせる。俺は由愛と兄妹なのでまだしも、小林は緊張状態にまで突入している。これはこれで面白いが、彼は由愛のことが好きらしいので兄としてもそれをネタ妄想することで現実逃避が上手く行く。
「お兄ちゃん、お弁当作ってきたんだよ私」
いや、現実逃避は上手く行かなかったようだ。料理したことなかったよな、妹よ。




