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8 至らない部分 




 フォルクハルトの華やかな正装を見てレベッカは、意外に似合うのだなと少々ふさわしくない感想を思い浮かべてしまった。


 彼がレベッカの意見を聞いて作った衣装は、社交の場にはピッタリなのだがあまり普段から着飾っている様子のない彼が着たら、服に着られている様な様子になってしまわないかと心配もあった。

 

 だからこそ意外と似合っていると思った。


「……しゃんと背筋が伸びていて、とても魅力的な男性に見えるわ」


 それから意外とという言葉を抜いて素直に褒めるべく少し選んで言葉にする。すると目の前に座ったフォルクハルトは眉を下げて笑った。


「そう見えるならよかった。前回の舞踏会では少し恥ずかしい思いをしたからね」

 

 そう見えるならというフォルクハルトの言葉に、結局レベッカの言った言葉は少々不適切だったということに気がつく。


 ……魅力的な男性に見えるだなんて、まるで中身が違うみたいに聞こえるものね、でもなんというか、やっぱり意外で……。


 考えつつも視線を送ると彼はレベッカと目が合って恥じらうように言った。


「それにしても正装を見せるためだけに呼び出したのはさすがに、無粋だったかな。せめて小さなパーティーでも開いてもてなせばよかったよ」

「でもそうしたら、あなたと二人でこうして会話が出来なかったと思うもの。私はにぎやかなのも好きだけれど、やっぱりちゃんと感想が言いたいわ」

「それは嬉しいけれど……レベッカさんに端から端まで見られていると思うとほころびがないか心配だな」


 より一層背筋を伸ばして、緊張を紛らわすように紅茶を口にしたフォルクハルトに、そう言いつつもレベッカは彼が無理をしている様には見えなかった。


 王宮勤めの事務服や、普段の格好をしているときにはあまり気にしていなかったのだが、所作がきれいで、慣れている様子を感じるし、そういった服もまったく着たことがないというわけではないだろう。


 刺繍などの装飾が多く、襟首も詰まっているので着たことがない人は多少なりとも動きがぎこちなくなったりするはずなのに、彼にはそういった様子が一切ない。


 ……やはり、跡取りでなくて爵位も持っていないけれど、レーゼル公爵家の出身だからかしら。


 今は王宮に勤めていて、休暇に使う為に少し離れた位置にこうして館を構えて実家を出ているとはいえ、幼いころに教えられたものやついた癖はなかなかなくなるものではない。


「レベッカさんはとても優秀だってジークからも聞いているから、取り繕ってもすぐに見抜かれてしまうと思うけどね」


 付け加えるように言う彼に、レベッカはやっぱりその様子を見て少し不思議に思った。


 彼は、遭った当初から自分のことを恥じている様子である。


 けれども身分としては同格とまでは行かないけれども、レベッカにへりくだるような立場でもないはずなのだ。


「取り繕う、見抜かれると言うけれど……私は逆にフォルクハルトさんは、自身のなにがそれほど欠落してると思うかわからないわ。社交界でも緊張はしていたけれどマナーや所作にも問題が無かったのだし、後は時代にあった衣装をまとえばみんな同じよ」


 純粋に疑問を持ってレベッカは聞いてみた。すると彼はぎくりとして、しばらくレベッカのことを見つめたまま逡巡する。


 それからとても深刻そうな表情で言った。


「……それは、いまさら言うのもなんだけど……自分は社交界にあまり出ていなかったし話題の種がなくて申し訳ないとも言ったと思うけれど」

「ええ、最初に聞いたわね」

「つまるところ交流の機会を持つことなく、この歳まで……なんというか、まったく女性というものとかかわりがなくて」


 知的なブルーの瞳に影が落ち、藍色になって責められるのを待つ罪人のような様子だった。


「接し方を学んだことがないので、レベッカさんに取って可笑しな行動をとる可能性が否めない……」

「可笑しな、ね」

「ウン」

 

 腿に肘をついて深刻そうな顔のまま俯くフォルクハルトに、レベッカは今のこの状況がちょっとだけすでに可笑しい。


 両家の顔合わせはまだであるが、すでに了承をもらって婚約も成立しているというのに、レベッカに対してフォルクハルトはずっと一定の距離を保っている。


 パーティーでもなければ向かい合わせで座るし、お互いの呼び方の距離も遠い。


 ローベルトとはある程度の関係性を築いていたし、婚約者となれば公の場でも抱きしめるぐらいはしても咎められることはない。


 婚約者というのはそういう関係性だ。


 しかし未だに、レベッカに酷く遠慮して、可笑しなことをしてしまわないかと真剣に悩んでいる二十代後半の男性が目の前にいる。

 

 職場ではよく頼られて、優しいながらもきっちりしていると評判の人だとジークフリートからは聞いているのに、そんなことで悩んでいるとは職場の後輩はどう思うだろう。


「ちなみに聞くけれど、フォルクハルトさんが可笑しな行動をしたとして、それはどういう不利益があるの?」

「それは……あなたが自分と縁を結んでしまったことを後悔したり、周りからのレベッカさんの評価に傷がついたりする可能性も……ある。例えば友人に紹介された時にもつい仕事の話をしてしまうかもしれないし、女性歴の無い俺のような経験値の低い男なんてと言われる可能性もあるしっ」

「……」

「ともかく、俺がへまをするとレベッカさんの評価まで落ちる可能性があるからこそ、せめて取り繕おうと思っているから」


 そう言って彼は、レベッカを安心させるようにぎこちなく笑って、従者に合図を贈った。


 取り繕うという言葉に、なにか女性経験の豊富さをごまかせる秘策があるのかと考える。イメージチェンジとかだろうか。




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