7 前向き
レベッカは、デレデレとした表情で隣にいる美しい赤毛の女性を紹介している兄を見つめて、グラスを傾けていた。
跡継ぎとしての地位がきちんと安定し、あらかたの後継者教育を終えるとレベッカは以前のようにこうして、社交の場に当たり前のように参加することが出来るようになった。
最近は酷く急いでいて楽しむ余裕もなかったが余裕が生まれると、人々が楽しげにしているというだけでレベッカも気分が高揚するようだった。
けれどもレベッカの隣は不在でその高揚感を共有できる相手は今はいない。
それを少し寂しく思っていると「わっ、あ、申し訳ありません。とっ、アすみません」と忙しない声がして、そんな物悲しい気持ちは立ち消えてレベッカは振り返った。
するとそこには、王宮務めの事務官の制服を纏ったフォルクハルトの姿があり、彼の方へと向っていって手を差し伸べた。
「あ、レベッカさん。遅れてごめん。ちょっと面倒を言うお客さんがきていたものだから」
「いいえ、気にしてないわ。それより、制服でいらっしゃったのね」
「着替える時間が惜しくて……ただ、来てみたけれど、場違いだったか……」
「ふふっ、たまにならいいのではない? 私は気にしないわ」
彼の手を引いてレベッカはまた兄を見守ることが出来る位置へと戻り、手近なソファへと腰かける。
それから給仕の者からグラスを貰ってフォルクハルトに差し出した。
あまりこういう場に出てこないと言っていた彼は、やはりどこかそわそわとしていて場違いな恰好を恥じている様子で、レベッカよりも年下の男の子みたいだった。
けれども着ている衣装は王宮勤めの仕立てのいいかっちりとしたもので、騎士団や魔法使いとは違って地味だとよく言われるが、これはこれで大人の男性らしくてかっこいいだろうとレベッカは思う。
「レベッカさんがそう言ってくれると多少心が楽になるな。こういう所はいつもはこないか緊張もするし。あ、そうだ。ところで彼のこと……あなたはもう興味もないかもしれないけれど」
「彼……?」
「ウン。ローベルトさん。一旦は逃亡を図ったようだけれど、今は貴族の地位をはく奪されて、牢に入ったって」
言われてレベッカは思い出すのに数秒を要した。しかしもちろん完全に忘れているわけではない。
突然レベッカの元を訪れてきた彼をフォルクハルトがベルナー男爵家に連れ帰ったところ、フォルクハルトが言った通り、ベルナー男爵家から逃亡に際して、金銭の持ち出しがあったことが発覚した。
もちろん、家計は厳しくそれは、援助金の請求の為に一時的に王族から借り入れたものだ。
勝手に使っていい代物ではない。
そこにきての彼のベルナー男爵家を見捨てるような発言に、ついに、ベルナー男爵が告発に動き、損害を補填するために捕らえられ今は強制的に魔力を吸い取られて国に奉仕している。
せめて素直に謝罪していれば、そんなことにはならなかったはずだし、それだけの罪でそこまでいくとはよっぽどだ。
「……彼の人生は、大波乱ね」
「自身で波乱にしているだけだと思うけれどね」
「それもそうね」
なにか適当に言葉を探して口にすると、フォルクハルトは少し笑って返す。
「でもあの時の彼には、私は少し感謝しているわ。だってそうでなければ私はずっとあのまま立ち止まっていたような気がするから」
思い出してレベッカはそう口にした。
その言葉にフォルクハルトはあまりピンと来ていない様子だったけれど、続けて言う。
「あの時のフォルクハルトさんが素敵だったから今こうなっていると思っているのよ。あの時は、私に手を貸してくれてありがとう。おかげで、吹っ切れることが出来たのよ」
「そう? 俺は結局、自分の立場をひけらかしただけじゃなかった?」
「そんなことないわ。というか、いつだってひけらかしてないでしょう?」
フォルクハルトはレベッカの話を聞いて意外な自己評価を口にする。
もちろん立場は利用していたけれど、そんなふうになんて思っていない。
それに彼には、これまでもローベルトのことだけではなく、今幸せそうにしている兄夫婦のことについても助力をしてもらっている。
「あなたには助けられてばかりだわ」
「そうかな。自分は大体、出来ることしかやっていないし、レベッカさんのように跡取りでもないしがない事務官なんだけど……」
「それでも、私にとっては英雄みたいなものよ。本当にお兄さまが連れてきた人があなたで良かった」
心の底からそう言ってレベッカは隣にいる彼に体重を預けて少し寄りかかる。
するとフォルクハルトは少し緊張した様子だったけれど、いい加減に多少は慣れたのか力を抜いてぽつりと言う。
「自分の方こそ、こんなきれいな子と正式にお付き合いすることになって、突然の物語みたいな展開についていけてないんだけど……」
彼は自分は酷く平凡で、レベッカやジークフリートとはまったく違うのだと比べて口にする。
しかしそれはいつものことで、いつもの通りに訂正しようとしたレベッカだったが、彼は続けて口を開いた。
「でも、レベッカさんがそう言ってくれるのなら、もう少しそれらしくなるように頑張る……とりあえずは、今の社交界になじめるようにしないとな……洋服を仕立てないと」
つぶやくように言う彼に、レベッカは良い心掛けだと笑って「似合う物を見立てるの、お手伝いするわ」とにっこり笑って言ったのだった。