46 愛情
願いを込めて、アンネリーゼはぎゅっと目をつむってジークフリートが呆れて去っていくのを待った。
しかし意外なことでもなんでもないが、ジークフリートは面倒見がいい方で、そして放っておくたちでもない。
びしっと額に衝撃を感じてアンネリーゼはびくっとして目を見開いた。
「なに言ってんだ、どう考えても弱り切ってるだろ。嘘を言うな」
「っ、嘘じゃありません!」
でこぴんをされた額を抑えながらアンネリーゼは食って掛かるようにジークフリートに言った。
しかし、こんな状態でそうしたところで敵う道理などない。ひたりと首筋に手を添えられて、驚いてアンネリーゼは少し肩をすくめる。
「こんなに熱いのに、体調がいいわけないだろ。アンネリーゼ、こんな時だ、頼ってくれればいい」
「っ、ふっ、ごほっ、そういうわけにはいきません」
「なぜ」
「だって……」
すぐに聞き返されて、その声が少し不機嫌になっていることに気が付いて、アンネリーゼはそれでも自分は間違っていないはずなのだと思い、ジークフリートに首筋を触られながら震える声で返した。
「わたくしは、まだまだです。まだまだなにもできていない、レベッカ様やフォルクハルト様やジークフリート様に比べて何もできていない。っ、対等になれるほどにわたくしは努力をしたい」
「……」
「それは早ければ早いほどいいはずです。こんな体調不良などで休んでいる暇などないのです! 熱があっても死ぬわけではありません、出来ることをやっていればそのうち体は良くなるはずです! だから世話を焼いてもらう必要も、時間を割いてもらう必要もありません!」
きっぱりと言い切って、アンネリーゼはそういうわけだからとパン粥をもらって、やるべきことをやろうと考える。
しかし、目の前にいるジークフリートの瞳は、不機嫌に鋭く細められていて、思わず黙った。
「……」
「……」
首筋に当てられていた手が、ゆっくりと頬に移動して、とてもホッとする心地がする。手が大きくて少し硬くて、今の熱い体には少し冷えていて心地がいい。
ジークフリートはしばらく考えて、それからアンネリーゼのことをきっちりと見つめ返していった。
「……そうだな、頑張り屋なアンネことだ。そういうこともできないことはないだろ。それにどうせ俺が、お前は今のままでも十分だとか、お前にはお前だけの代えられない良さがあると言ったって無駄なんだろ」
あきらめたような言葉は少し否定したくなったけれども、今の自分の行動からしてその言葉を信じることが出来ていないことはバレていると思う。
なにも言えずにアンネリーゼは口を引き結ぶ。
「だから別に無理をするなよ。というだけで、なにも制限はしていないだろ。俺はこれでも一応、アンネリーゼを愛してるからな。尊重したい」
そのあとに大きな愛で包まれて、まったくアンネリーゼはどうしてこうも自分は子供っぽく意地っ張りなのだろうと思う。
けれども嬉しい、その言葉もまた事実で、実感がある。
「それはわかってくれているか?」
「わかっています。ジークフリート様」
「そうか、なら俺がこの後どうするかもわかるか?」
このまま、それでも優しく諭されるのかと想像していたアンネリーゼだったが、彼の少しあどけないような笑みを見て、わからないと首を振った。
「もちろん尊重するさ、大切なアンネのことだからな。でも、それはあくまでお前が健全できちんと不調なく頑張れる場合だけだ」
「……どういうことですか?」
「つまり、無理をして体調を崩したアンネリーゼの主張は尊重しない。だからめいっぱい世話を焼く、これを変えるつもりはないぞ」
笑みを浮かべながらジークフリートはベッドに乗り上げてアンネリーゼの腕をつかむ。
「っ、な、なにを!?」
「もちろん、情緒不安定で泣き出してしまうほどひどい風邪を引いているアンネリーゼに甲斐甲斐しく給仕をしてやるんだ。さ、大人しく俺の膝の上にこい」
「え、え!? な、なんでそんなことになるのですか!!」
「はははっ、逃げるな逃げるな、そんな弱った体で抵抗できると思うなよ」
「ヒッ、ヒィ!」
ぐいぐいと引き寄せられてアンネリーゼはベッドの上でどうにかもがく。
しかしたしかに、体に力は入らないし、必死に逃げようとしてもすぐに息が上がって、人形のようにジークフリートの膝の上に抱えられてしまう。
腹に腕を回されて横座りになると、あんまりジークフリートを近くに感じてしまってアンネリーゼは目の前がちかちかするほど頭がくらくらした。
「うっ、うう、そんな、こんなのって……っ」
「あきらめて口を開け。これから治るまで三食お前はこうされるんだ。覚悟しておけよ」
「っ、酷い! 酷すぎます! わたくしはどうしたらいいんですか!」
「風邪を引くほど無理をしなければいいんだが?」
勢いに任せて声を荒げると、冷静に返されて、それもその通りであるのでぐうの音も出ない。
……っ、でもそれでも、こんな、ひな鳥のように給仕されるなど、幼子ではないのに!
「ほら、温かくて美味しいぞ。アンネリーゼ」
すぐに上から、心底優しい声が降ってきてアンネリーゼは恐る恐るジークフリートを見上げる。
はちみつのようにとろけそうな優しい瞳が、慈愛に満ちた瞳がアンネリーゼに向けられている。
そんな彼がアンネリーゼにさじを差し出して楽しそうにしているのだ。その様子に酷く愛情を感じて、子ども扱いされているのに嬉しいと感じてしまってアンネリーゼはこのままではおかしくなりそうだと心底思った。
けれども風邪が治るまで宣言通りきっちりと続いた。
そしてもう二度と無理はしないようにしようと心に誓ったのだった。




