45 無理
アンネリーゼは屋敷に戻りそのまま仕事に戻っていったレベッカのことを意味もなく眺めていた。
このくらいの時間には戻ってこられることを予想していて、予定を入れたり、爵位継承の話も進んでレベッカはとても効率よく物事をこなす。
視野が広くて色々なことを考えられて、アンネリーゼのようにただがむしゃらというわけでもない。
そんな彼女と結婚したフォルクハルトもよくライゼンハイマー公爵に褒められていてジークフリートとはそれなりに長い付き合いらしい。
必然的に、本家からの連絡や話は、年上で話のしやすいジークフリートに集まる。
そんなことは当然だとわかっている、けれどもアンネリーゼも当たり前のように頼ってもらえるように頑張りたい。
出来なくて当たり前かもしれないし、成熟した大人であるフォルクハルトと同じく、この家に入った身としてくらべることなどできないのかもしれない。
……わかっています。でも、わたくしもレベッカ様みたいに……。
そう考えると気持ちが焦って、いつもよりも張り切って仕事をした。なんだかどこまでもやれそうな気がしていたのだが……。
……案の定、というか、当たり前に風邪をひきました……起き上がれそうもないです。
ベッドの天蓋を眺めてアンネリーゼは自身の不甲斐なさに、じわじわと涙がにじんで仕方がなかった。
……ちゃんとした大人はこんなふうに風邪を引いたりしません! 毎日きちんと働くことが大切なのに病気でおやすみなんてしません!
どうしてこう、わたくしはわたくしなのでしょう!
猛烈に腹が立って、ベッドをぐっと押して上半身を起こす。
するとそばに座っていたエルゼが暇をつぶすためにしていた刺繍から目線をあげて、ぎろりとこちらを見つめた。
「まさか、起き上がろうというのではありませんよね? アンネリーゼ様、風邪を悪化させるつもりですか」
「…………い、いいえ」
「そうですか、であればきちんと布団に入ってください、それが回復への近道ですよ」
「はい」
すぐに釘を刺されたアンネリーゼは、今日ばかりはいそいそと布団に戻る。
そうするとホッとして温かく、またじわじわと涙がにじんできて、瞬きする度に涙がこぼれそうになった。
……こんなふうになるだなんて、きっとわたくしの気概が足りないのです! だって皆もっと効率よく、もっとわたくしよりも……!
そう思うと頭に血が上ってくらくらとしてくる、少し鼻をすすって目をつむるといつの間にか眠りに落ちたのだった。
ゆっくりと目を開くと、熱でぼんやりとしていた思考が少しマシになったような気がしてもう治っただろうと、アンネリーゼはいそいそと掛け布団を押し上げて起き上がる。
するとそこにはエルゼではなく、ジークフリートがおりベッドサイドのテーブルにはホカホカと湯気を立てているパン粥が置かれていた。
「タイミングが良かったな。昼食を持ってきたぞ」
彼はさわやかな笑みを浮かべてアンネリーゼに言う。その様子を見てアンネリーゼは、申し訳なさと自分の不甲斐なさが波のように押し寄せて、音を立てて決壊する。
「っ……」
じわじわと滲むだけだった涙は粒になって頬を伝って流れ落ち、涙を流すと体温が上がったのか頭が痛くなって小さく嗚咽まで漏らす始末だった。
それがどうにも情けなくて、彼にこんな姿を見られるのがどうしようもなく嫌で仕方がない。
「っぅ……っ」
「お、おお……どうした」
掛け布団をぎゅうと握りしめて、どうにか気持ちを落ち着ける。
困惑しているジークフリートに迷惑をかけて申し訳ないと言いたかった。
けれども何を言おうとしても声が震えてしまいそうで、そんな声でどんなふうに強がったって意味もないだろうと思う。
しかし、懸命に自分はまずは大丈夫だと伝えようと息を吸って涙は止まらないまま彼を見る。
「ひっ……っ……な、なんでも、ありません!」
「……」
「よ、よくなってきましたっ!」
「な、なにがだ?」
「風邪です! たい、ちょうは良好ですっ」
「…………」
どう考えてもそうは見えないとわかっているが、それでも泣いていることに触れられて、慰めるという面倒をかけるぐらいならばとアンネリーゼは必死にそう訴えた。
それにこう言っておけば、わかったと言って実際によくなるまで待っていてくれるかもしれない。
そうしたらまたアンネリーゼは、どうにか頑張るのだ。大人らしく、この家の人間にふさわしく、お淑やかで立派な貴族になるために日々暮らしてもっと頑張る。
それがいい、いつかそうしたらきっと胸を張れる時が来る。
こんなふうにならなくて済む、もっともっとやれるはずなのだ。
だから今は、情けのない今は見ないで欲しい。大切で誰よりもアンネリーゼを選んだことを後悔してほしくない相手だから。




