44 至らないから
豊穣の儀式がつつがなく行われた後、エレノア王国とソルンハイム王国を行き来して橋渡しを担っているコルネリアからアンネリーゼとレベッカは呼び出しを受けてとても光栄な言葉をもらった。
『父の不安な時に寄り添ってくれてありがとう。いざという時にいなかったわたくしだけれど、これからは失われた時間分、向き合っていきたいと思うわ』
そう言ったコルネリアはとても美しく、エレノア王国ですでに子供ももうけているらしくとても大人びた嫋やかさがあった。
そんな彼女と親戚関係にあり、レベッカはよく似ているとヴィルヘルムから可愛がられていたのだという話は、アンネリーゼもジークフリートから教えられたことだった。
しかしレベッカはとてもあんな美しい人と自分は違うもの、というだけで認めるつもりはないらしい。
……わたくしは、コルネリア様もレベッカ様もどちらも違った魅力はありますが、それ以上に優しげな雰囲気がとてもよく似ていると思うのです!
心の中でそう思いつつも少しぼんやりとしているレベッカのことを見つめる。
窓の外を物憂げに見つめていて、何を考えているのかは定かではない。
分からないけれど、わかろうとしたところでアンネリーゼが考えたってわかるはずもない。
なので、アンネリーゼにとって喜ばしいと思うことでまだ報告する機会がなかったことを彼女に口にした。
「ところで、レベッカ様!」
「ええ、どうかした?」
「突然ですが、ミリヤムのことです。覚えていらっしゃいますか」
「……覚えているわよ」
「彼女は今もきちんと農作業に励み、逃げ出すことなく前を向いて頑張っているようです! わたくしは彼女がそうしてくれていることとても嬉しく思います!」
自身で処分を下したミリヤムのことをアンネリーゼは情報を受け取れるようにして気にかけていた。
しかしあまり細かくレベッカに言っても仕方がないので、ふんわりとけれども嬉しい気持ちが伝わるようにそう言った。
すると彼女は「そうね」と少し気のない返事をして、それからアンネリーゼの方へと視線を向ける。
キラキラと輝く金の瞳は愛するジークフリートと同様でいつだって見つめられると鼓動が早くなる。
「とてもいいことね。ねぇ、アンネリーゼ」
「はい! なんでしょうか」
「豊穣の儀式も終わって、レーゼル公爵家のことはおおむね忘れ去られているでしょう? ヴィルヘルム国王陛下もこれからのことに目を向けて、コルネリア様もいる」
「ええ! その通りです!」
アンネリーゼはレベッカがなにをそんなに物憂げに考えているのかわからなくて元気に答えた。
そのいつもの様子にレベッカは優しい笑みを浮かべ、そのあとに表情を曇らせた。
「けれども少し思うのよ。仮にもフォルクハルトさんの家族……反逆罪は大罪だわ、人を貶めて苦しめて、自分たちの為だけに権力を奪い取ろうとした」
「……」
重たい話にアンネリーゼはとりあえず黙った。元気に聞くべき話ではないような気がしたので。
「けれども処刑されてそのうえで、森に遺棄されて死後の安息もない。妥当であるとは思うけれど、もっと向き合えたのかもしれない。私は人と分かち合っていけたらといつも思うけれど、そうは思えない人もいる。諦める人も……いる」
「はい」
「それは、筋が通っていないのではないの。人を選ぶ生き方なんて……でも私は間違っていなかったと思う。後悔もしていない、けれどどこかで筋が通っていない気もする」
「……」
それは深刻な相談というよりも、思いのたけをなんとなく吐露しただけの雑談のようなニュアンスを含んでいて、レベッカは言ってから少し茶化して笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、突然こんな話。ただそれでも選択は変えるつもりはないもの」
「そうなのですね」
「ええ、だからこれはただの愚痴みたいなものよ。聞き流して」
「……」
優しく言われてレベッカはまた何か楽しげな話題を探すように顔をあげて外を見た。
しかし、アンネリーゼはもちろんそうすることもできるだろうけれど、なんとなく聞き流してとはいっても、どうでもよくないことで今彼女が話したいことなのだろうと察せられた。
なので少し考えてからレベッカが新しい話題を口にする前に行った。
「たしかに! レベッカ様はそういう方だと思います! 向き合うことを美徳としてお好きでいらっしゃる」
大きな声で言うとレベッカは少し驚いたように目を見開いた。けれども、アンネリーゼの言葉を止めることはない。
「でも、人はわたくしともレベッカ様とも違って、まったく同じで分かり合えることなどない。どんなに、向き合おうとしても手を振り払われることがあります!」
「……」
「すべての人が、まっすぐに間違いなく生きられるための場所を与えられて理解できるし、されることができるとは限りません! それはわたくしたちには及ばないことです!」
「ええ」
「その中でも、レベッカ様はなんの信頼もないわたくしを知って与えてくださった! わたくしのことを見てくださった! そうできる人とできない人、それがいるからレベッカ様は人を知ろうとする」
彼女の思いは、たしかに美しいし間違ってはいない。あきらめることなく取りこぼすことなく人と分かり合おうと思うのはいいことだ。
しかし逆説的に考えればそれほど熱意をもってそうするということは、向き合えない人がいるからこそ及ばないからこそ、向き合おうとするレベッカが生まれたのだ。
光があるから影があるように、表裏一体ではないのか、だからこそあきらめる人が出てくることは必然だとアンネリーゼは思う。
「だから必然です。レベッカ様、筋はわたくしの中で一本まっすぐに通っています! 分かり合えないから分かり合おうとする正しいことです」
「……」
「そして正しく分かり合えて、皆がまっすぐ生きればいいだけの居場所がみつかればもっとより豊かになりますね……これは人の話ではありませんが宝物のことも、わたくしたち貴族のことも研究が進んでいます」
丁度良い気がしたので最近始まった試みのことも絡めてみる。
レベッカと二人でヴィルヘルムの為に行ったこと、それは実質、意味のないことだったかもしれない。
けれども民も王族も、貴族も大切な古くからの絆で助け合っている。
それを正しく理解し合うことその重要さはヴィルヘルムによって理解されて、古い文献などをあさり研究がなされている。
「いつかすべてが明らかになるかもしれません。宝物だけではなく、誰も分かり合えない人などいない日が来るかもしれません、今はまだそれが出来ないから強く望むのです! そうしたいと望んでいるのです! わたくしはそう思います」
アンネリーゼはとてもうまく話を纏められた気がした。けれども、よく考えてみれば肯定しただけで、しばらくはこれからもそうだと言っているだけではないかとハッとした。
…………怒るでしょうか。そんな当たり前のことを大きな声で言ってと……。
不安になりアンネリーゼはすすすと視線を下げてレベッカから視線を外す。
しかし、少し間が開いてからとても心の底からそう思っているような声でレベッカは言った。
「そうね……その通りだわ」
つぶやくような言葉に、アンネリーゼはなんてレベッカは、アンニュイで大人びていてアンネリーゼとは違うのだろうと思う。
ちらりと見上げると窓の外を眺めていて、素敵だと思う。
少し開けられた窓から風が吹き込んで、レベッカの髪をさらう。こんな美しい人になりたいと思うけれど、まだまだ及びそうにないと思った。




