43 これからも
「彼らが、やっていたのは献上品の多くに、魔草を混ぜることだった。薬草よりも効能が強いそれは少量で味に変化をもたらさず、必要量を摂取させることが出来る」
「……でも、それだと毒見に引っかかると思うわ。いくら薬草が転変したものでただの植物だけれど、毒物になるようなものが混ざっていたら反逆罪は免れないと思うのだけれど」
彼の話を聞いて、レベッカは首をかしげて聞いてみる。レーゼル公爵家の罪をきちんと聞いてもわからなかったのはその部分だ。
簡単にヴィルヘルムに毒を盛るようなことが出来てしまうようなシステムなわけがない。
そんなことが出来れば、ヴィルヘルムはとっくに死んでいただろう。
「ああ、そこがあの人たちの悪知恵の働くところなんだよ。この国にもいくつか魔草を栽培している領地がある、その中から目を付けた領地を権威で脅して魔草を定期的に買い上げて、研究をした」
「研究……」
「混ぜる物によって症状の出方が違うこと、すぐには効力を発揮せず、集中力の低下を引き起こして魔法の利用に障害をもたらす薬草を使えば若く健康な毒見役の目をかいくぐることが出来ることを知った」
「つまりは、ヴィルヘルム国王陛下にだけに症状が出るように工夫したということ?」
「その通り。それを知るまでに大分時間がかかったし、アンネリーゼさんの知識がなければ、とても苦労していたと思うから彼女には頭が上がらない」
苦笑して言うフォルクハルトにレベッカも、たしかにその通りだと思う。
アンネリーゼは色々と大変な子ではあったのだが、それでも彼女とうまくやれていてよかったと思う。
レベッカも彼女の至らないところがあれば、ためらうことなく手を差し伸べようと心に決めている。
「ともかく、そういう悪だくみをしていて、王宮で会ったあの日、実は彼らはきたる翌日の為にレーゼル公爵邸で準備を進めているはずだった」
「何の準備なの?」
「翌日は定期的に行われている国防会議があったよね。その日に前回疑念が生まれた儀式の催行可能かどうかという疑問を問いただす予定だった」
「そうね。毒が盛られていたからあんなふうに正気を失っていたのだし、力を失って何も信じられないと嘆いていたもの、もし大勢の前でそれを問われれば王笏が力を失ったと思われてもしかたないわね」
王笏の力を使うことが出来ないとなれば、それはもう神から見放されたと判断される可能性がある。
そこで、そのことをいち早く見抜き、下準備をしていて多くの貴族に支援してもらえるならば彼らが次の王族となることもかなったかもしれない。
実際問題、それほど高い確率の話ではないだろうとレベッカは現実的に判断したが、ヴィルヘルムは王座を追われることになっていただろうことは確かだ。
レベッカたちが彼の心の問題を解決しただけではきっとうまくいかなかった。フォルクハルトがいたから今回の件は解決できたと言えるだろう。
……でもまさか毒を盛られていただなんて、情緒不安定になってから体を悪くしたのではなくて逆だったのね。
「そうなんだ。だからこそ、きちんと魔法が使えないという事実、ヴィルヘルム国王陛下がどうしようもなく追い込まれて、もう戻ることが出来ないようにしておきたかった」
「そうね」
「だからこそレーゼル公爵にとってレベッカさんが心の支えになろうとしていることがとても不安要素だった。どうせあれだけ正気を失っているヴィルヘルム国王陛下は、すぐにレーゼル公爵家に対処することはできない。翌日にはもう彼の権威を失わせるための条件がそろう」
「だから、あんなに強引だったのね」
「ウン。そういうわけなんだ。念のためにあなたと合流しておこうと思っていたから、最悪の事態にはならなかったけれど改めて申し訳ありませんでした。レベッカさん」
「なにに対する謝罪なの?」
「危険な目に遭わせたこと、迷惑をかけて不安にしたこと、こうしてうまくいってレーゼル公爵家はもう存在しないし、自分も功績を認められて爵位を得るような形になったけれどそれでも長い間不安にさせたことは変わらない」
椅子に座ったまま頭を下げる彼に、レベッカはうまくいったと喜ぶことこそあれど、フォルクハルトを責めるつもりなどみじんもないと思う。
しかしそれが彼にとってのけじめならば受け入れようと考えて「はい」としっかり返事をした。
「それでも、こんな自分だけどレベッカさん」
「はい」
「結婚してほしいと思う、ずっとあなたに支えられていたし、俺もあなたのことをもっとたくさん知って、ずっとそばに居られたらと思う」
覚悟の決まった瞳に射貫かれてレベッカは心臓の音が早くなるのを感じた。
そのプロポーズの言葉はなにより、レベッカだけのことを考えられて作られたもので、それがきっとふさわしいと思うだけの絆と時間があったから出てくる言葉だ。
それが酷く嬉しくて、彼が早とちりして贈った指輪をゆっくりと撫でる。
その指輪はあの時よりもずっと大切に思えて、きっとなんでも言えるような深い関係になれたらと思う。
「もちろん。フォルクハルトさん。私もあなたのそばにいたいわ」
「あ、ありがとうっ。良かったっ」
レベッカの返答に、感極まったように彼は反射的に言った。
その様子にまさか断られる可能性を感じていたのかと、レベッカは苦笑する。それから向かい合わせのソファーから隣に移動して、フォルクハルトのことを見上げる。
それから目をつむって上を向く。
すると、野暮なことは聞かずに、そっと唇を重ねられて温かくて柔らかいとまた思う。
控えめに手がつながれて、出会った時に想像していたよりもずっと近い距離で、きちんと向き合うことが出来るのを改めて幸福だと思ったのだった。




