38 ささやかな希望
「どうすれば、人は信じることができるのかしら」
レベッカはとても真剣にそう口にした。父に許可をもらい資料を使ったり使用人を動かしたりすることはできるようになった。
しかし具体的に何をすればヴィルヘルムの心を晴らすことが出来るのかわからない。
そのひとりごとのような言葉にジークフリートは剣を手入れしながら、思案しつつも答える。
「……自分だったらどうかと考えてみることも手だろ」
「私だったら……そうね」
言われて考えてみるけれども、信じたいと思うことをそれでも信じられないと判断したことがない。
信じたいと思ったら信じるし、そうでは無ければあきらめるほかないだろう。
「まぁ、参考になるかわからないが、俺だったらつらく孤独を感じたとして、神の思し召しすら疑うようなことになっても……」
考えつつ言うジークフリートはレベッカのことをちらりと見て、レベッカは目が合って少し首を傾げた。
すると、目を細めて笑みを浮かべる。それから少しもったいぶって言った。
「大仰なことが起こって感動してまた信じられるようになるなんてことは別に必要ない。ただ、ほんのささやかな幸福があればいい。信じたいと思っているのならそれでまた立ち上がれるはずだ」
「……お兄さまにはそういう経験があるの?」
やけに達観したことを言う兄に、レベッカは兄がそんなに苦しんでいたなんてことを知らなくて意外な気持ちで聞いてみた。
すると、いつも通りの口調で変わらず返す。
「ないな、そもそも俺は自分の望むことをしてるだけだ。いいおにいちゃんでいることと、いい夫でいること、今はこんなものだろ」
「じゃあ、どうしてそれほど気持ちがわかるの?」
「ただの想像だ。俺は考えすぎる質じゃないからな。そこまでつらくなることなんてそもそもない。ただ、どういう状況になっても、お前がおかえりと言ってくれるだけでいいし、アンネリーゼの元気な声を聴くだけでいい」
ジークフリートは剣を鞘に戻して、椅子から立ち上がりレベッカの方へとやってきた。
「きっとそうだと思う。信じたいのだろ、そのたとえ話の相手も」
「……ええ」
ヴィルヘルムのこととは言わずに、例えばこんな相手がいてどうしたらいいかと相談したのでジークフリートもそれに沿って返す。
もしかしたら誰のことかもお見通しかもしれない、けれども言わずに協力してくれる。
そういう優しさがレベッカは嬉しい。
「なら、些細なきっかけがあったらいいんじゃないか。嘘は良くないけどな。ほんの少し声を聞くとか、それだけでも変わるだろ」
そう言って兄はまたレベッカの頭を無造作に撫でた。家族のことも神も信じることができないことが問題であると説明したからだろう。
実際にはコルネリアとヴィルヘルムが対面するのはとても難しいことで、それをヴィルヘルムが拒絶してしまっている。
しかし、ほんの些細な声を聴くだけでいい、大仰なことが起こらなくてもというのなら何か答えが出そうだった。
「そんなに親身になってやるなんてレベッカは本当に優しい子になったな」
何故だかしんみりという彼を子ども扱いしないで欲しいと少し不服に思って見上げる。
「お兄ちゃんも、レベッカに負けないように頑張るからな」
その言葉が何についてかはわからないけれども、やはり兄は、大人になっても結婚しても、兄は兄であるし変わらないのだなと思う。
……頼りがいのある素敵な人よね。アンネリーゼ。
そして兄の妻であるアンネリーゼのことを思い出す。彼女にも相談をしてみようと思ったのだった。
いよいよという時にレベッカから手紙が届いた。その内容に彼女は彼女で手を尽くしてるのだとフォルクハルトは少しうれしい気持ちになる。
そして、自分にできることは些細なことだけれどと思いつつも、いろいろ頭をひねって、とある宝物について提案をしてみた。
微かな希望にしかならないかもしれないけれども、なにもないよりはずっといいと思う。
しかし一つ、気がかりなことがあった。
それはレベッカが、次に王宮に向かう日。つまりはレベッカからの手紙で示された相談事の期日が丁度、当日になってしまいそうだということだった。
どれだけ急いだとしてもその日になるだろうし、彼女の予定を変えるように言うのはそれはそれで情報の漏洩が心配になる。
それになにも王宮で事が起こるわけではない、ジークフリートや他の騎士も協力し万端の準備で望むので取り逃がすようなことはないはずだ。
安全は保障されているといってもいい、しかしもしものことがないとも限らない。そう考えて、戦闘員ではない当日時間のあるフォルクハルトは職場に顔を出すという体で王宮に向かうことにしたのだった。




