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話し合うまでもないのでしょう?【電子書籍化進行中!】  作者: ぽんぽこ狸


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33/47

33 方向性




 フォルクハルトは、彫刻刀を握って新しい木彫りを作っていた。


 少し前までこんな趣味はつまらないものだと思っていたし、何の足しにもならないという言葉はその通りでどうしようもない出来損ないである自分を象徴している気すらしていた。


 しかしその呪いのような言葉は人に与えられたもので、レベッカの言葉で簡単に解けて消えてしまい、残ったのはこうしている時間が楽しいという事実だけだった。


 カリカリと繊細に掘っていって、表現したいものが出来たなら少しうっとりして彼女はどう見るかと考えてしまう。


 するとふと昼間のことが頭に浮かんで、うっと苦しくなる。


 ……キスぐらいで、こんな歳で……ああ、恥ずかしい。


 まるで恋を知ったばかりの少年のような自分に、若干の気持ち悪さを覚えつつもしかしあれは仕方がないような気がする。


 ……レベッカさんは物好きなのかもしれないな。


 そんなふうに思ってため息をつく。


 別に結婚をするからと言って男女の仲として愛し合わなくとも問題などないし、好意的に思えて意思疎通が取れるならばそれでもいいという人間が大多数だろう。


 しかし、好こうとしてくれて、絆を大切にして求めて、知ろうとしてくれる。


 そしてどうにも寛大で、なんでも言えば大方理解を示して、大丈夫だと言ってくれそうな妙に器の大きなところがある。


 それがまた問題で、彼女の言う通り言えないことなど何もないようなどこまでも深い関係になってしまいそうで、フォルクハルトはうっかり距離感を間違えそうでならないのだ。


 ……今日だってあれじゃあ、完全に惚れているということがばれた。俺が帰った後、我に返って気色悪く思わないといいけれど。


 考えるとまたため息が出て、紅茶を置きつつ、側近のジーモンが声をかけてきた。


「随分と難儀されている様子ですね、主様。制作の手が珍しく止まっています」

「ああ、ごめん。手こずっているわけじゃないんだ。ただ、思い出して羞恥心に駆られているというか」

「おや、恋煩いですか」

「そういう揶揄うようなことを言うのはやめてくれ、子供じゃあるまいし」

「いいではありませんか、仕事ばかりだった主様がそうして悩むことを私は嬉しく思います」


 しみじみと言われた言葉から、まるでジーモンが酷く年上みたいに聞こえるがジーモンだってフォルクハルトとそう年代は変わらない。


 そんな彼に恋煩いだなんて言われてはかなわない。


 また一つため息をつきつつフォルクハルトは紅茶を飲んで木くずを払って一度彼の方を向いた。


 このまま続けていてもはかどらない気がしたからだった。


「それに手ごわい方ですから、難しいですよ」

「たしかに、簡単というわけではないけれど、何も落としたいとも思っていない」

「おや、落として早々に手中に入れたいのかと」

「そういうわけじゃなくて、どこに向かっているのかわからないというかいや、やることは決まっているんだけど……うーん」

「それに女性の爵位継承者というのは、男性側の立場が弱くなることが多いですから、きちんと関係を構築するのが大切ではありませんか」


 一般的に言えばそういう考えももちろん正しいもので、男性の爵位継承者が愛人を持つことがあるように、配偶者以外の男性を屋敷に我が物顔で住まわせるということもなくはない。


 しかし、フォルクハルトはそのあたりはまったく心配していない。


 きっとレベッカはそういう表面上だけの関係を好むタイプではないので、目移りして、目の前の価値につられて欲を出すとは思えない。


 ただ、そうなるとフォルクハルトが彼女の一番ということになる。そして彼女は前記した通りにフォルクハルトに好意を寄せようとしてくれている。


 ……それは嬉しいし、もはや好きだけれど……いや、ウン。ブレーキをかけるものが無くなれば、胸を張ってもいいと思えるのかもしれない。


「……」

「ただ、それ以上に、彼女の立場すらおびやかそうとする人間は脅威になるのは明白ですね」

「ウン。そうだね」


 フォルクハルトが自分自身を卑下しがちなのも、もしかしたら彼女の地位を脅かすかもしれないのもすべてが、レーゼル公爵家に起因することであり、問題はそこにある。


 彼らが失脚してもしうまくいったのならば、フォルクハルトはレベッカの言う話せないことなど何もないほどの関係性になりたいときっと望むことが出来る。


 それは希望的すぎる観測かもしれないけれどもそうだと、嬉しいし、そうなりたいと望まなければレベッカに失礼だ。

 

 職場と自宅を往復するだけで心の中の反抗心だけで人に優しくするような人間から脱却する手伝いをしてくれた彼女にフォルクハルトは報いたい。


「うまくやるよ。人に手を差し伸べてきた人が、簡単に切り捨てられていいはずがないんだ。……そうでもなくても人は助けられてしかるべきだ」

「ええ、私も主様に救ってもらった身ですから」

「そんなつもりはないって、こうして俺も助けてもらっている」


 そう言って、紅茶を飲んだ。


 たしかに、彼が体を悪くして休養が必要だった時には支援をして手伝いをしただろう。


 けれども、それ以上のことをジーモンはフォルクハルトに与えてくれている。


 そうして人はやっていくものだろう。向き合って、利己的にならずに、思いやっていくべきだ。


 それがたとえ効率的ではなく合理的ではないことなのだとしても。フォルクハルトは改めてそう思って気の重い仕事に向かうことにしたのだった。




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