31 愛情
せっかくなのでフォルクハルトを私室に連れ込んでレベッカは先程の魔法の訓練の続きをした。
上級貴族は大体持っている四元素の魔法だが、どれも持ってない人間に比べるとずっと効率が良くてとても強大な力だ。
だからこそ女の子でもこうしてたまに訓練することは必要でいざという時に自分を守る武器にもなる。
しかし、まともに戦って勝てない相手がいる場合には、やはり助けを呼んで時間を稼ぐのが大切だろう。
だからアンネリーゼは位置を知らせるための花火を練習して、レベッカは救難信号を送る用の紙ヒコーキを飛ばす練習をしているのだ。
二人でバルコニーに出てツーと飛んでいく紙ヒコーキを眺める。先ほどまでいた庭園が見えて、アンネリーゼも続けて訓練をしている様子だった。
「……あなた達二人のように、伝えることが出来る魔法はいいね。水の魔法を持っていると、魔力がある限り治して逃げ続けた方がいいと家庭教師の魔法使いに言われて、昔は誰かに襲われるような状況に絶対になりたくないと思ったものだ」
「そうかしら、それでも水の魔法は特別よ、人を癒すことが出来るのだもの。一番好きな魔法だわ」
「男心からするとかっこよくないけれどね」
「かっこよさで言ったら、炎かしらね」
「ウーン、どうだろう」
隣にいたフォルクハルトは首をかしげて、紙ヒコーキを目で追った。これでも少しは扱い慣れている方だとアピールしたくなって風の向きを調節してくるりと一周させてみる。
すると紙ヒコーキはバランスを失って急激に下降していって、危うくアンネリーゼの炎に当たってまた燃えるところだった。
一緒に練習したことがなかったのでこんな危険があるとは思っていなかったがこれからは気をつけなければならない。
紙ヒコーキを大きく周回させるようにして安定させて、レベッカはふとアンネリーゼのことを見た。
先程の位置からどうやら移動している様子で噴水のそばの開けた位置にいたのに、今は端の生垣の中にエルゼと隠れていた。
もしやと思って見てみれば、アンネリーゼを探してやってきた兄の姿があり、忙しなく視線を動かしている。
そしてしばらく庭園を探していた兄に彼女は最終的に見つかって、勢いよく走りだす。
「あれ、なにかあったのかな?」
その様子を見ていたフォルクハルトが心配そうに言う。しかし事情を知っているレベッカはなんだか胸焼けするような気持ちになって苦笑した。
「あれはね、うっかり眠った顔を見られてしまったアンネリーゼが、恥ずかしくてジークフートお兄さまから逃げているのよ。しばらく放っておいてあげればいいのにね」
「うっかり眠ってしまうほど、一緒にいるなんて仲がいい証拠だ」
「ええ、その通り。兄夫婦の仲の良さに私は毎日胸焼け気味よ」
「ああ、もうあんなに離れて……でもこれからはしばらく睦み合っているところは見ないんじゃないかな」
確かにアンネリーゼは、エルゼと別れて必死に距離を取っており、随分と庭園の奥の方まで進んでしまった。
こんなに避けられていたら流石の兄でも、一度は考えて距離を置いたり、手紙で説得するなり対策を考えるだろう。
しかしレベッカの想像を裏切って、ジークフリートはニコニコデレデレした笑みのままジャケットを脱いで、アンネリーゼが必死に逃げて開けた距離をぐんぐん詰めて追いかけていく。
「きゃあー!! 来ないでください!!」
アンネリーゼの必死な叫び声が響いて、まるで盗賊にでも我が家が襲われているようだった。
しかしそんな声を聴いても兄は止まることなく、アンネリーゼは逃げられる道理はない。
兄が何やら声をかけているが詳細には聞き取ることが出来ず、最終的に、捕まったアンネリーゼをジークフリートは俵担ぎにして満面の笑みだった。




