30 羞恥
「寝顔を見られたと思うのです! そのせいで最近わたくしはジークフリート様とまともに接することが出来ません!」
突然アンネリーゼがそんなことを言ったものだからレベッカは驚いてあらぬところに紙ヒコーキを飛ばしてしまう所だった。
「……それは、やはりベッドの上で?」
そして少し考えてとても神妙な顔をして聞いてみた。するとアンネリーゼはコクリとうなずいてやっぱりそうかと思う。
ともに馬車に乗っていてうっかり、それともソファーでうたた寝をしていてたまたま見られたということではなくベッドの中での話ならばきっと暗にそれ以上の夫婦関係を結んだから羞恥心を持ってしまったという話だろう。
……そうでなければ、お兄さまに寝顔を見られたぐらいで恥ずかしがることはないと思うもの。
レベッカなんて数えきれないほど見られているし、寝顔以外にも風邪を引いて酷い顔をしていた時も、駄々をこねてわがままを言いながら泣きじゃくっているところだって見られている。
そして少し歳が離れているのできっと覚えているに違いない。
恥ずかしいことではあるが、家族とはそんなものであるし、レベッカだって兄のだらしない部分を知っているのでお相子だ。
きっと、そのアンネリーゼが恥ずかしがっていることだって自分も周知するような部分を見られたかもしれないが、相手のプライベートな部分も見ることになるはずだろう。二人でそうなるのだからそういう物だと思えばいい。
レベッカはそうなったことなどないが、しかし気にしないのが一番だと慰めようとした。
「だらしない顔をしていたと思うのです! それにしてもあんな……捕まえて目隠しをするだなんて卑怯だと思うのです!!」
しかし、アンネリーゼが続けて言って、彼女は使っていた炎の魔法を大きくして火の粉が飛び散りレベッカの風の魔法に混ざりこむ。
そうするとあっという間に紙ヒコーキに引火して燃えながら紙ヒコーキはあらぬ方向へと飛んでいって、どこかで火事でも起きたら大変だと思った。
けれどもそんなことよりもアンネリーゼの発言である。
彼女の言葉からするに突然兄に捕らえられて、目隠しをされて、眠り落ちるまで恥辱の限りを尽くされ醜態をさらしたということになる。
「大丈夫だったのかしら」
「それはもちろん、むしろ元気になりました! やっぱりぐっすり眠るというのは大切ですね!」
「そうなのね、元気になるのね」
「はい! でもやっぱりジークフリート様の顔を見ると赤くなってしまうのです!」
最初の話に立ち返り、思いだしてしまったのか赤くなるアンネリーゼに、レベッカはアンネリーゼもアンネリーゼだと思った。
……それで元気になるというのは、合意の上ということかしら。ならいいのよね? いいのかしら?
疑問には思うがいくら仲の良い兄妹でも兄のそんなプライベートな部分まで知りたいとは思わない。
普通はそういう話もあまりすることはないと思うのだが、アンネリーゼのことなのでそれは仕方がない。
ともかく困っているというのならばどうにかするべきだとは思う。そこで逆転の発想で問いかけた。
そして何と無しに紙ヒコーキをもう一つ風の魔法に乗せて飛ばし今度は逆回転で庭園の上をぐるぐると回らせる。
アンネリーゼは花火のように空へと魔法の炎を打ち出していて、パンッとはじけて空を彩る。
「であれば逆に、お兄さまのだらしのない顔を見て、羞恥心を相殺させるのはどう? 果たしてそれが可能かどうかは置いておくとして」
兄と同じ属性の魔法を持つアンネリーゼならばなんとか可能かもしれないと思い、提案してみた。
二人が争うようなことになれば別邸は大炎上するだろうが、出来ないことはないかもしれない。
「それは……夜中に忍び込むしか方法はないように思うのです! しかし気配でも起きると思いますし現実的には難しいかもしれません!」
……寝ているところに襲い掛かってどうこうということ? たしかにそれなら、どうにかすることも可能かもしれないけれど、お兄さまは気配で起きるのね、騎士だからかしら。
そんな野生動物みたいなことがあるだろうかという若干の疑問はあったが、寝込みを襲っても難しいかもしれないというのはレベッカも同意だった。
「そうね、どうするべきかしら」
「うーん、でも同じように相手の羞恥心を感じる様なことを見たりして相殺するというのはとてもいい案な気がします!」
「でも、実際やる方法もないのだし、困ったわね」
「いえ、聞くだけでも楽になるかもしれません! レベッカ様!」
「ええ?」
「なにかエピソードがあれば、聞かせてほしいです! レベッカ様は昔からジークフリート様のことをご存じですものね!」
そう当たり前のように言われて、レベッカはなんてことを聞きたがるのだと思った。
……知っているわけがないじゃない、相殺できるほどのお兄さまの恥ずかしい話なんて、というかむしろ知っている方が嫌ではないの?
しかし、ここまでくると何か間違っている気がして「例えばどんな話?」と具体的に聞いてみた。
するとアンネリーゼは瞳を輝かせてこちらを向いて、自在に炎の魔法を変形させたりしながら言った。
「そうですね、例えばお義父さまやお義母さまに怒られて泣いている時とか、悪だくみが失敗した話など? 無いでしょうか!」
「っ、そうねっ、ふふっそうよね」
「はい……? 何か面白いことを思い出したのですか?」
「ええ、そうね。ふふっ、どんな話をしようかしら」
レベッカは間抜けな勘違いをしていた自分がおかしくなってどうにも笑ってしまう。
それからアンネリーゼの要望に応えようとしたのだが、飛んでいった紙ヒコーキはエントランスの方まで行っていたらしく、偶然やってきていたフォルクハルトが火元を探しにやってきた。
そして二人して「危ないからね」と怒られて兄の面白い話は今度ということになったのだった。




