28 老人
レベッカは父と母と三人で王宮へとやってきていた。今日はヴィルヘルムが上級貴族を集めて国の守りや今後を話し合う国防会議が開かれるのだ。
と言っても国防会議という名前で名目上はそういう様子になっているが、実際のところ軍費の徴収を上級貴族たちに納得させるための集まりといってもいい。
豪華絢爛な会議室でそれほどの人数ではないので同じ卓につきヴィルヘルムと近い距離で話をできるこの機会はレベッカ以外の人間にとっては重要なものかもしれない。
「わがソルンハイム王国に対するエレノアの態度は、変わらず到底看過できるものではないとするのがヴィルヘルム国王陛下の意向であり、ベルーナやビュッセル、アデナウアーなど被害を受けている領地がある以上は━━━━」
ヴィルヘルムの側近がその意向を読み上げて貴族たちはその言葉に耳を傾けた。
しかしその言葉にも前回とは違った様子は見受けられず新しい情報もないように思える。
「して、資料に記載した通りの徴収となることを承知するように……ということです」
話が終わり、側近は一歩さがりヴィルヘルムへと貴族たちの視線が集まる。
書類から視線をあげた貴族たちも、前回と説明が変わっていないこと、それでも金額だけは同様かそれ以上に徴収されることに眉間にしわを寄せている者もいる。
ヴィルヘルムは前回に会った時と同じでどこかぼんやりとした様子で一点を見つめている。
そんな彼にこのまま徴収を続けられ、国として方向が定まらない状況では信用して預けられない、そんな責めるような雰囲気があった。
そんな空気を代表するように父が手をあげ「ヴィルヘルム国王陛下、一点お伺いしたいことが」と落ち着いた声で言った。
するとやっとヴィルヘルムは父のことを今初めて見つけたような反応をして「ああ、申せ」と言った。
「このままでは我らが干上がってしまう、これは豊穣の儀式が終わり次第、落ち着くものであるのか?」
「もちろん、儀式がつつがなく終わればエレノア王国の干渉は減ることになるじゃろう、それは約束できよう」
「わかりました。ライゼンハイマーは常にソルンハイム王族とともにいた、従おうじゃないか」
明確な期間の提示に、ほかの貴族たちもライゼンハイマーがそういうのならばと口をつぐんで顔を見合わせる者が多い。
しかし、一番末席に座っていたレーゼル公爵が、おどけたような声で言う。
「たしかに無事に儀式が終われば、彼らとて言い分はないでしょうな! 私どももそれは同感だ! そんなことはわかり切っているだろう、問題は無事に終わるかどうかそうは思わぬか、それとも古い家系の者は皆、ライゼンハイマーの良き友人として口をつぐむつもりか」
「……なんだと」
「いや、悪い意味で言っているのではないのだ、ライゼンハイマー公爵よ、ただ、私はこの国のことを考え心配で……どうなのだ! 王よ! 無事に、儀式は完遂可能か! どう考えていらっしゃるのだ!」
大きな声で語りかける彼は、一応敵意ではなく確認というつもりらしく、無事にということを強く強調しているということは儀式の安全面の問題の話なのだろうとレベッカは考えた。
……たしかに儀式はどちらの国にも利益があるとはいえ、国境付近で行われるものね、衝突があったからにはどういう防衛策を打つつもりなのか気になるけれど……。
レベッカもほかの参加者同様にヴィルヘルムへと視線を向けた。
すると、ヴィルヘルムはレベッカに見せる好々爺然とした姿から一変して爪を食い込ませて拳を握り、突然スイッチが入ったように、イスから立ち上がって前のめりになった。
「っ……」
ここ最近は体調も悪く、椅子で休んでいるところか朗らかなところしか見ていなかったので取りつかれたかのような機敏な動きに小さく息をのむ。
「なんだ! なんじゃわしが、わしが、儀式を仕損じると申すのか!? このわしが! 神より王笏を与えられた一族の末裔であるこのわしが、儀式を出来ぬと申すのかッ!」
「ひっ」
「陛下!」
ヴィルヘルムは力の限り怒鳴っていた。首に筋が浮き、顔が赤くなって近くに座っていた貴族令息が声をあげて椅子を引く。
すぐに側近や騎士に止めに入られて、手に持っていた王笏を振り回す。
「行われてきた歴史を貶すつもりか! お主らはそろってこの老いぼれから玉座を奪い取ろうとするのかッ、エレノアのように手のひらを返し、わしを追い立てるつもりがあるのか!! かかってこい、この国はわしのものじゃろうて! これほど貢献したことをどうして神が忘れることができると考えるのだッ!!」
「レベッカ、お前も立て、正気を失っておられる」
「わしが、やってきたことは何だったのだ! この手にあるものはただのただのっ、おお、誰か呼んでくれ! 呼んでくれ!」
父はレベッカや母に声をかけてすぐに席を立ち、距離をとり守るように背に隠した。
ほかの貴族たちも同様に移動して、ヴィルヘルムを信じられないものを見る目で見つめていた。
……どうして、こんな……。
あんなに心優しきヴィルヘルムはどうしてこうなってしまったのだろうか。
脅えて凶暴化している野生動物のように、意味不明な言葉を繰り返しながら涙を流している。
「いよいよ、もうまずいかもしれぬ」
「いいやあの様子、もしやとは思うが」
「ありえない話ではない! 実際に━━━━」
急いで会議室を出ながらも貴族たちは次々に言葉を交わしていて、その言葉を聞いてたしかにそれならば納得がいくとレベッカは思う。
「わしの物じゃ! わしらの物であろう!? なぜ、手を出す! おお! ……おお!! ヒルデベルトッ、コルネリアッどこへ━━━━」
蹲り家族の名前を呼ぶヴィルヘルムの姿が最後に見え、レベッカは酷く悲しくなった。
けれども考えは止まらない、あれほど取り乱すというのは理由があったからかもしれない。
……もしかして、儀式が行えない状況にあるの? だからあんなに敏感に反応したのかも……なんて。
豊穣の儀式はとても大切なものだ。それが本当に行えないとなったら大惨事だろう。
「ああ、私があのような確認をしたばかりに……」
「いいえ父上、皆さんもきっとあの反応を見て聞くべきだったと思っているはずだ」
「そうか? ヴァレンティーン」
「もちろん」
どよどよとしている廊下で、そんな声が聞こえてきてレベッカは彼らを見つめた。
彼らの言葉を聞いていると自然と本当にそれだけかという疑問が出てくる、隣にいる父はとても忌々し気にレーゼル公爵のことを見つめていた。
小さく舌打ちをする父に連れられて、その場を去ろうとすると「レベッカ嬢」と背後から声をかけられて振り返る。
「今日は災難だった、こんなことになってしまって。ところで、弟とよい関係を結んでくれてるそうだな?」
「ええ、そうね」
駆け寄ってきたのはヴァレンティーンであり、年の頃はフォルクハルトと同じように見えたが、彼は兄ということなのでフォルクハルトよりも年上なのだろう。
「父はなかなか忙しく挨拶の席を設けられないと嘆いていたが、俺からも謝っておこうすまない」
「いいえ、話し合いがお互いにできていて了承の上ならば気にしないわ」
「そうか」
返事をしてからヴァレンティーンは静かにレベッカのことを見据えて上から下まで舐るように見る。
その様子にレベッカも彼のことをじっと見つめ返した。フォルクハルトと同じブルーの瞳だけれど、あまり知的で謙虚という印象は受けない。
……むしろ、少し……。
仁王立ちに組まれた腕、それに明らかに見定めているような態度……。
「ふっ、……悪くない」
「……なんのお話かしら」
「いいや、こちらの話だ。もし歯車の外れた老人を無事に処分で来たなら……と考えていた」
彼の言葉にレベッカは少し考える。それからハッとして、すぐに顔を逸らして父の後を追った。
「し、失礼するわ」
……ヴィルヘルム国王陛下のことを? そんなの不敬だわ。その前に、陛下は誰より……彼自身が言っていた通り誰より貢献してきたし、助けられた人はたくさんいて、王権を奪い取ろうなんて考えてもいない。
ふさわしいものだと思っているのに、なんてことを言うの? もしかしてあの質問もきっかけになるとわかって言っていたの? わかっていて問題を起こさせようと?
そう考えると恐ろしくてレベッカは、同時に悲しかったのだった。




