27 足しに
レベッカはフォルクハルトを招いて私室に入り、それから彼を見てそういえばなんだか久しぶりだなと思った。
稀にライゼンハイマー公爵の元を訪れていることは知っていたし、彼も彼で仕事の引継ぎなど忙しい部分もあると思うので挨拶をして気軽に別れることが多かった。
だからこそこうして彼ときちんと向かい合って話をすることは久しぶりで、なんだか毎回会うまでに時間がかかっていると距離感もリセットされているような気になって前回のように大胆にはなることができない。
「久しぶりになってしまってごめんね、話をしたいなとは思っていたんだけれどこの情勢だと仕事も次から次に湧いて出てきてキリがないよ」
「……普通の商いならば、喜ばしいことねと言えるけれど、フォルクハルトさんに限ってはそうもいかないわね」
「そうなんだ。ああ、でもその代わり街から出ることもあるから機会も多いんだ」
「なんのかしら」
彼は出会った時から持っていた紙袋をテーブルの上に出して、レベッカに視線を向ける。
支援している貴族の館へと行くこともあると思うので、お土産を買ってきてくれたのかもしれないと考えてレベッカは身を乗り出した。
「……買い物ができる時間は少ないし、自分のセンスが問われるからとても困ったけどレベッカさんが気に入るものがあればと思って」
紙袋の中から出てきたのは両手に収まるサイズの箱で、開いてこちらに向けられると中にはいくつかの木彫りの置物が入っていた。
「覚えていてくれたのね」
「こういう物でいいのか、わからなかったから合っているか心配だけれどね」
保険のように言う彼にレベッカは、そんなことなどまったく必要ないほどかわいいものばかりだと一目で思った。
そして、せっかくこうして前回に会った時の話題を出してくれたのだからとレベッカはソファーに手をついて立ち上がり「せっかくなら、一緒に見ましょう」と言ってフォルクハルトの隣に腰かけた。
「っ、ウン、もちろん」
そばに座ると彼はまた固くなって、それでもレベッカを見下ろして笑みを浮かべる。
それから二人で箱の中を覗き込んで、なにだかよくわからない木彫りを眺めた。
丁度レベッカの好みのど真ん中、見ただけで系統を把握してくれたらしく、全部コレクションに加えたいと思う。
けれどもその中でも気になるものを手に取って、眺めた。それはやけに作りが精密で、平民がナイフで削り出した物というよりもたくさんの道具を用意してきちんと制作された物に見えた。
「鶏ね」
「鶏だね……それはやっぱり他とは違うように見えてしまうかな」
「ええ、細かく作られているのがわかるわ」
どこか商人から買った物なのかもしれない、名前の知れた人の作品なのかもしれない。
けれどもそれでもレベッカにとっては問題がない。別に無名だからいいと思っているわけではなく、作りたいものがつくられているなら、そう見えるなら素敵だと思うだけなのだ。
「でも、鶏、好きなのでしょうね、これを作った人は。私も好きだなっておもうからとても素敵な作品ね」
小さなころは兄と一緒にやんちゃをして、厩舎や家畜小屋へと足を運んで動物を眺めたりもしたものだ。
「あ、そう言ってくれると嬉しいよ。全部、あなたの趣味に合わなかったら困るから、できるだけ量がある方がいいかと思ってかさ増しに持ってきたんだ」
「かさ増し……?」
「ウン、鶏とか、牛とか、馬とかそういうのしかなかったからほかの物と毛色が違うけど」
「…………?」
たしかに愛らしい猫や犬、小鳥とは違って題材になることが少ないモチーフだと思う、しかし好きな人間もいるだろうし、それを可笑しいとは思わない。
彼もそれを作った人がいるのにそんなふうに貶すとは思えないしレベッカは違和感を覚えて、それから彼のいい方からして、もしかしてと覆う。
「……あなたが作ったの?」
「昔にね、ほら、貴族って色々習うから、俺はたまたまそういう物にはまっている時があって」
目を細めてそういうフォルクハルトに、レベッカは心の奥がじりっと音がやなって焼けるみたいで鶏の木彫りへと視線を移す。
……昔ね、なんて懐かしむみたいに言ったこと私にはないし、そういう歳でもないから、当たり前なのだけれど少しうらやましくてかっこよく思えてしまうのは何故かしら。
単純に大人っぽいからと魅力的に思ってしまうのは、どうにも単純な気がしてレベッカは難しい顔をした。
すると彼はレベッカがそうして難しい顔をしていることに気が付いて、取り繕うように言う。
「いや、ごめん。流石に何も言わずに紛れ込ませるのは気持ち悪かったよね。試すみたいで。そもそも、よく怒られていたんだ。どうしてこんななんの足しにもならないことばかり、好きになるのかっ」
「……」
「モチーフもよくなかったし、絵画とか音楽の方がまだ社交でも使いやすいし、人との話題にもなる。こんな好きなものを好きなだけ作るなんて、貴族には許されないことだし」
レベッカの持っている鶏に手を伸ばすフォルクハルトは焦っているような顔をしていて、その言い分もレベッカはわかると思った。
それに彼はよくこうして自分を不用意に否定する。
それはもしかするとたくさん否定されてきたからなのかもしれない、自分から言って傷つかないようにしているのかも。
……でもそれって、相手が思っていないのに口にしたら自分で自分をボロボロにしているだけだわ。
つらくなってしまいそう。
そう思って、鶏の木彫りを彼に渡して、その手をレベッカは上から包み込むように握った。
「……びっ、……くりした」
「愛玩動物以外をモチーフにしてはいけないなんて決まりはないわ。馬も鶏も皆、好きなあなたもいいと思うのよ。好きなのでしょう?」
「……それは…………一応ね。健気だから」
「そうね。それを表現できるのも素敵、人の役に立つことしかやってはいけないなんてことはないでしょう?」
「優しいね、レベッカさんは……でもほら、可愛がるべきではないものに情をうつすと何かと大変だろう?」
フォルクハルトの落ち込んだような声にレベッカは、コクリと頷く。家畜は役に立つために飼われている動物だ。ずっと可愛がることが出来るわけではない。
「俺はそれがどうにもダメなんだ。情をうつしやすいというか、貴族らしからぬというか」
「……」
「今でも変わっていないのかもしれないけれど、こういう物はもう作らない」
そっとレベッカの手をほどいて、鶏の木彫りを箱の中に収める。ほかの平民の木彫りと同じように並んでぱたんと閉められた。
「気に入ったものがあったら使って、また俺はしばらく話すことはできないけれど実家の関係で忙しくしているから、すれ違うことが多くなると思う」
父とそのために話し合いをして、なにやら動いていることは知っているのでレベッカは頷こうとする。けれどもそう話を簡単に切り上げられては少し寂しい。
それにレベッカは、どんなものであってもなにかを作れる人というのは尊敬する。
レベッカにはどうにもダメなのだ。模倣することはできるけれど、自分から確固たる何かを生み出したことはない。
だからまた、彼が作るものを、彼の思いのたけを手にしたい。
レベッカに比べて大人な彼の優しい考えを知りたいのだ。
「……」
「レベッカさん?」
「でも、私はあなたがいない間寂しいのだから、きっと鶏を見てあなたを思い浮かべるわ。それで気持ちが癒されるなら、少なくとも私の足しにはなっていると思ってはくれない?」
「そうかな」
「ええ、そうよ。だからまた持ってきてね、在庫が無くなったら新しいものを。棚を拡張しておくわ」
「そんなにたくさん飾るほど、俺はあなたを放置するつもりはないんだけど」
「なら、記念のたびに欲しいわね。フォルクハルトさん」
「…………」
そっと隣にいる彼に体重を預けてレベッカは甘えた子猫みたいな声で言った。
言っていて自分でも甘えていると自覚できるほど、軽い声でその言葉にフォルクハルトは少し息を吐きだして「わかったよ」と折れて言った。
それからレベッカの方を少し向いて手を伸ばす。兄にそうされるようにレベッカは当たり前のように視線を下げて、頭を撫でやすいように差し出した。
しかし、額の少し上あたりを二度ほどタップして彼の手は膝の上に戻った。
「ごめん、正しいやり方がわからない。ジークが……ジークがあなたを撫でているところを何度か見たことがあるのに」
「ふふっ、真っ赤ね」
彼の顔がじわじわと赤くなっていくのをみてレベッカは心が温かくなって嬉しかった。




