26 いつか
レベッカは太陽がよく出ている日に、アンネリーゼとガゼボでお茶会を開いていた。
いくら屋根があるといっても野外なので、部屋の中よりもずっと明るくて空気も澄んでいる。庭園に咲いている花の香りがしてそれを楽しみながら紅茶をたしなむこの時間はとても優雅だ。
しかし、レベッカの目を一番楽しませているのは庭園の花でも、キレイな宝石のようなお茶菓子でもなく、真っ赤な髪を揺らして微笑んでいる美しい女性だ。
空の青にとても映える色合いをしていて、つやもあり風が少し吹くたびにさらさらと揺れる髪が幻想的だった。
「……レベッカ様の髪はとても空の深い青に映えますね!」
ふと、ばちりと目が合って、アンネリーゼはそんなことを言う。偶然レベッカも同じように彼女の髪が空によく映えると思っていたのでつい笑ってレベッカは返した。
「あなたの髪の方が青に映えるわ」
「いいえ、青に金はとても素晴らしい組み合わせだと思います!」
「そうかしら」
「はい」
元気に返事をする彼女は、お皿に取り分けたケーキを食べ終わり、それからレベッカの方をみてきちんと姿勢を正した。
彼女のそばにはきっちりとして常に見張っているように視線を鋭くさせているエルゼの姿があるが、その瞳は見張っているだけではなく、見守っているのだとレベッカは知っていた。
「……ご報告いたします! レベッカ様、問題を起こした侍女のミリヤムですが、実家に帰すことにしました」
「……そうね」
お茶会の誘いを受けてそろそろかとは思っていたが案の定、その話だったらしい。しかし平民の身分で貴族にあだなしたにしては随分と軽い罰だ。
……納得がいくかと言われたら難しいけれど……。
思案しつつもアンネリーゼを見ると彼女は「軽すぎる罰かと思われるかもしれませんが……」と事情を語り始めた。
「ミリヤムの実家はそもそも、貴族に使えられるような上級平民の家系ではありません! ですので戻ってもまともに生活をできるかどうかは定かではありません。それでも、送り出します! そして事実も村長から家族や村人に伝えるように手配をしました」
「事実というのは、彼女の自白した内容のこと?」
「はい、わたくしの実家で作っていた、効力の強い魔草というハーブを主に使い昏倒させたり、悪い噂を流したり、多岐にわたりますが、それでもミリヤムの実家にはおいてきた実子がいるそうなので長年真面目に農業に取り組んでいればいつかは……」
アンネリーゼの言葉に、今度はレベッカはあんまり酷なことをするのだなと思った。
実家がどこぞの閑散とした村にあるとして村長から貴族にあだなした者として話を回され、そこでやっていけるのか。
針のむしろだろう。たしかに真面目にずっと取り組むことができるのなら希望もあるかもしれないが、それが出来ないから前を向けないから彼女は破滅をしたのだ。
「正しい道に進めない人などいませんから、罰にもなって前にも勧める物を採用しました! ……ミリヤムに伝えるとまた怒らせてしまいましたが、それでもわたくしは、今までもこれからもずっとこうです」
「そうね」
「不快になったらいつでも言ってください、レベッカ様、わたくしは自分を変えられない! それでも、人を理解できるようになりたいのです! すれ違ってしまう人も! わたくしに何も言ってくれない人でも!」
その言葉は欲張りともいうし、傲慢ともいうだろう。けれどもレベッカは不愉快なんかではない。
こういう人がいるから分かち合える時が来る可能性もあることを否定したくない。
「ええ、わかっているわ」
「ありがとうございます。ライゼンハイマー公爵家の方々にはわたくしはとてもじゃないですが頭が上がりません! 公爵夫人にもお許しをいただいて……」
「大丈夫だったの?」
「はい、ビュッセル子爵家での問題もあったので、わたくしは人と分かり合う才能がないのかと思っていました。しかしどうやらその件もミリヤムが裏で嘘の告げ口をしていたり、わたくしが反対しそうなことを提案したりしていたそうです」
「なるほど、そういうからくりだったのね」
そういう話ならば母とすぐに和解できたのも理解できるが、そういえばまだ実家でなにを揉めていたのかという話は聞いていなかった気がする。
「話は分かったけれど、そういえばビュッセル子爵家で意見が食い違っていたことというのは具体的にはどんなことだったのかしら」
「ああ、それはですね。宝物の話なのです! ビュッセル子爵家が守っている宝物は天啓の鐘という物でして、私利私欲以外ならば魔力を込めると鐘がなったりならかったりする代物です!」
彼女の説明に、酷く使い勝手の悪そうなものだと思ったけれどもレベッカは口に出さずに、ライゼンハイマーの宝物も同じようなものだと思いだした。
「なるほど、この家の美しくキレイな”精霊の琥珀指輪”といい勝負ね」
「琥珀指輪ですか! どんな使い道があるのですか?」
「…………ライゼンハイマー公爵の証ということになっているわ」
「なるほど、そういう場合もありますね!」
レベッカがニコリとするとアンネリーゼも口をあけて笑って、妙な連帯感が生まれた。
使える物もあればそうではないものもあって、宝物は人のように色々である。
けれども、この国にはたった一つだけとても重要な使い方をする宝物が存在する。
それは神からこの国を収めることを許された証であり神器ともいわれる物で、つまりは王家の持ち物だ。
「でも、どういう物かわからなくて、理解が及ばないものがあったとしても、人の思いは変わりません! 人が守ろうと決めて続けてきた思いは変わりません! それにまだまだ至らないわたくしには理解できないだけで、とても大切な意味があるのかもしれません!」
「……」
「いつか、理解できる時まで、わからないままでも前を向いて知って生きていきたいのです!」
彼女の言葉に、レベッカは深く頷いた。
分からないままでも決別せずに、前を向いて、いい言葉だと思う。
疑問があることは恐ろしいし、分かり合えないと不安になる、けれどもいつか分かるその時までという彼女の心がけをレベッカも真似しようと思ったのだった。




