21 壁
レベッカは気持ちを切り替えて、フォルクハルトを迎えてまずは他愛のない話をした。
最近庭園で咲いた花の種類の話や、先日のヴィルヘルムとの面会の話、それらを適宜話題を選んで少し緊張をほぐしたところでレベッカは切り出した。
「ところで、そろそろ話し合っておきたいことがあるのよ」
優しい声で言うと、フォルクハルトは首をかしげて返す。
「ウン、どんなことだろう」
「あのね、父からも話をされたのだけど、あなたのお父さま、つまりレーゼル公爵と跡取りのヴァレンティーンさんのことよ。結婚をする前にきちんとした顔合わせをしたいと思うの」
「……公爵と兄上のことか」
「ええ」
すると今まで普通に楽しげに会話をしていた彼の声が途端に暗くなって、レベッカは補足するように続けた。
「なにも盛大なパーティーが必要というわけじゃないわ。承諾もいただいているのだし、食事会を開いてあなたを入り婿として貰う、お礼もしたいから」
常識的な大人としての適切な態度を取りたいというだけだ。それほど重く考える必要はない。
そういうふうにレベッカは示したつもりだった。
しかし、フォルクハルトは深刻そうな顔をしてレベッカではなくテーブルを見つめて黙り込んだ。
「…………お父さまと、お兄さまなのだからこのままなん区切りもなく、名前を変えてしまうこと、家族としてのつながりが弱くなってしまうのは寂しいことだと思うわ」
すでにレーゼル公爵邸を出ているフォルクハルトだけれど、なにも父や兄が嫌いでそうしたのではなく自立の為にそうしたのだろう。
だからこそ、突然、話し合いもなく苗字を変えて他の家系の一員となるのはきっと寂しい。
レベッカは自分の経験を参考に彼もそうなのだろうと考えた。
多くの人がそうである場合が多いと思うし、今までは偶然忙しい時期でそういうタイミングがなかっただけで大切な息子のことなのだ。レーゼル公爵もヴァレンティーンもきっとしっかりとした相手か見て、大丈夫なのかと確認をしたいだろうと思う。
「……」
「フォルクハルトさんはそうは思わないのかしら」
返答を返さない彼にレベッカは寂しい気持ちになって、呟くように言った。
すると彼はレベッカの方を見ないまま、膝の上に置いた拳を握って返す。
「あの人たちのことは、常識を欠いて申し訳ないと思ってるよ。けれど、不用意に迷惑をかけるようなことはライゼンハイマー公爵家相手に分が悪いことは理解しているから、それはないということは約束できる」
「ええ」
「直接、自分がライゼンハイマー公爵にも謝罪させてもらうから、あなたにも迷惑をかけるつもりはない」
いつもよりもきっぱりとした話し方に、レベッカは心の奥がキュウッとなって、テーブルをはさんで向こうにいる彼とのいつもの距離がとても遠くなったような気がした。
「だから、聞かないで欲しい。俺は冷静にそのことを話をできるだけ、うまく決別できていないから、いや、ごめんね。わかってはいるんだ。レベッカさんやライゼンハイマー公爵からしても、そういう場を設けて相手を知りたいのはわかってる」
「……」
「これは俺のわがままだろうってことも。けれど、これ以上、言わないで欲しい、レベッカさん」
「……そうね」
「ごめん」
「いいえ」
フォルクハルトの言葉にレベッカは惰性で返事をした。
あんまり驚いてしまって、少し戸惑っていたというのが一番しっくりくる言葉だ。
透明なガラスの向こう側にフォルクハルトがいるみたいで、レベッカはその向こうからこもった声で彼と話をしているみたいだ。
言いたいことは伝わっているのだろうけれど、これ以上、踏み込むことはしないで欲しいと線を引かれた。
透明なガラスの向こうにいる彼には、手を伸ばしてレベッカの方を見てもらい、それでも聞きたいということはできない。
なぜならその壁はきっと、彼自身を守るもので、壊してはいけないものなのだと、いつになく暗い様子になんとなく察せられた。
謝る言葉の中には感情がこもっていて、少しレベッカに怯えているみたいでこれ以上のことを言うと、彼はきっと傷ついてしまうのだろうなとわかるのだ。
「……」
「……」
二人の間を沈黙が包んで、重たい空気が流れる。
線を引かれて、話し合いを拒否されたのは彼に限っては初めてのことで、それが大切な話だったのは二回目のことだ。
少ない実例ではあるものの、どちらも同じ。
フォルクハルトとはきちんとすれ違わずにやっていけると思っていたが、人と深い関係を持って共に歩いていくということは必ずと言っていいほど、すれ違いも起るし、拒絶されることもあるのだとレベッカは思った。
悲しくなって、その距離が寂しくて感情に任せて彼に怒ってもレベッカはきっと許される。
そんなふうに大切なことを話したくないと言って拒否するような人とは未来など考えられないと脅しを口にして、フォルクハルトの言いたくない言葉を引き出すこともできるだろう。
……でも、違うわね。明らかに、フォルクハルトさんはローベルトとは確実に違うのよ。
「顔をあげて、フォルクハルトさん」
「……」
声をかけると、フォルクハルトは静かにレベッカを見据えた。
知的なブルーの瞳が不安に揺れている。
……フォルクハルトさんは話をしたいと思ってくれている、それは事実だわ。向き合うことを恐れているだけで、私に対する気持ちがないわけではないから。
笑みを浮かべて、レベッカは立ち上がった。




