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2 事情



 数ヶ月後、あれ以来ローベルトとはまともに話し合いをすることはなく、突如として婚約破棄を申し込まれることになった。


 パーティーの時そばにいた令嬢、彼女がローベルトとの間に子供を妊娠してしまったそうなのだ。


 婚約破棄を申し込みに来たのは、そのベルナー男爵家の跡取り娘であるヘルミーナに連れられてだった。


 結局彼女に言われたのは、ローベルトも順序を間違えていたけれど、レベッカも悪いという旨の話で、彼を放置して一人にしていた罰が当たったのだと勝ち誇ったように言ったのだった。


 その時の様子を思い出してレベッカは、大きなため息をついて私室の机に突っ伏した。


 適当に下ろしている髪がさらさらと落ちてきてレベッカの視界を遮る。


 やらなければならないことはたくさんあるというのに、なんの為にそれを頑張らなければならないのかという思考があれ以来頭をよぎるのだ。


「……」


 ……なんの為にってそれは自分の為にもなるし、お兄さまやお父さまの為にもなるわよ。


 頭の中で自分の思考にそう答えを出すけれども、起き上がる気にもなれなくてまた大きくため息をついた。


 すると無造作にも頭をわしわしと突然撫でられ、レベッカは少しだけ首を動かして頭を机に預けたまま兄を見上げた。


「……最近、どうも調子がでてないな」


 彼はレベッカとお揃いの金の瞳を鋭く細めて妹を心配するように少し様子を窺った。


「そんなの理由なんてわかりきってるでしょう?」

「ま、それもそうか」

「……別に落ち込んでいるわけじゃないのよ。お兄さま。ただ私のやる気の問題……」


 実のところは少しばかり、気落ちしている部分もあったが兄を心配させないようにレベッカはそう口にした。


 自分が悪かったのだろうかとか、どうしてこんなことになったのかとか、あの時諦めがついたはずなのにローベルトのことが頭に浮かんでしまうこともある。


 今までは、彼を婿に貰うということで彼の顔を思い出すとことさらやる気が出るレベッカだったが、今ではそれが真逆の効果を生みだしている。


 そしてさらに、彼がいなければ自分はこんなにもダメなのかと考えてしまって鬱々とした気持ちから抜け出せずにいた。


 しかし、そんな妹の様子を見て兄ジークフリートは、申し訳ないとまでは思わなくとも、少し悪いなという気持ちになって妹に優しく言った。


「やる気か。あまり気負わなくても良いんだぞ? レベッカ。どうせお前は割と優秀だろ。それなりでいい」

「そういうわけにはいかないでしょう?」

「いやいや、案外気軽に構えてた方がうまくいくもんだ」

「でも、私はしっかりしたいのよ。出来る限り完璧に」

「……そうか、じゃあ困ったな」

「ええ、困ってるの」


 気楽に構えろというジークフリートに、レベッカは気休めだとしてもその言葉を嬉しく思う。


 嬉しくは思うが、真に受けるわけにもいかない。


 なんせレベッカが大失敗をすれば、被害に遭うのはレベッカだけではない。レベッカはこれから多くの使用人や家族の命運を背負っていくのだ。


 それはひどい重荷になるだろう事実だ。けれども、生まれた時からそれを背負ってレベッカに優しくしてくれた兄。


 彼をちらりと見上げると、彼はぽつりと言った。


「真面目な妹に甘えるおにいちゃんでごめんな」

「いーえ。むしろ、甘えてくれてうれしいわ。だってせっかく大切な人が出来たのですもの」


 顔をあげてレベッカはほお杖を突いて、少しニヤつきながらも兄に言う。


「彼女とはうまくいっているの?」

「そりゃもちろん。順風満帆だ!」


 自信ありげに言う彼は恥ずかしがる様子もなく、少し頬を染める兄が幸せそうで何よりだと思った。


 彼は継承者教育を受けながらも、ずっとレベッカにとっていい兄で頼れる兄だった。そんな彼は、兄らしくレベッカに一度だって弱い所も情けない所も見せたことがない。


 そんな兄を尊敬してレベッカは誰よりも身近な家族として兄のことを大切に思っている。


 だからこそ、初めてレベッカに頭を下げた兄の願いにレベッカは一も二もなく即答で来た。


「私も早く会ってみたい。お兄さまが好きになる相手だものきっととてもいい人ね」


 半年ほど前の出来事、隣国エレノア王国との間に亀裂が走り、我がソルンハイム王国との衝突がついに起った。


 国境付近にある貴族領地は警戒態勢に入り、今でも自由に経済活動が行われていない。大貴族はそれでも大した打撃ではないが中小領地は今も国家からの支援を必要として没落寸前の領地がいくつもある。


 兄は騎士団の仕事として戦地に赴いたがそこで、彼女と出会ったらしい。


 そしてどうやら恋に落ちた。しかし実家の危うい下級貴族の娘を公爵夫人にすることはとても難しい。


 だからこそジークフリートはレベッカに頭を下げた。


「ああ、いい子だ。お前もきっと気に入る。早く迎えに行ってやらないと」


 レベッカではなく少し遠くを見て寂しそうに言う兄に、レベッカはやる気が出ないなどと言っている場合ではないなと思う。


 それに、これはレベッカにとってのまたとないチャンスだ。公爵という大きな権力を得ることが出来る千載一遇のチャンス。


 本来ならばやる気など勝手にあふれてきて然るべき、兄だってこうして遅い時間までレベッカの勉強を手伝ってくれている。


 だからこそ、一分一秒でも早くケリをつけてジークフリートに恩返しをしたい。


 兄のまなざしを見てレベッカは改めてそう思った。


 しかし、遠くを見ていた兄の目はふとこちらに向いて彼は言う。


「そういうわけだし、俺としてもレベッカにはいつもの調子を取り戻してほしいんだ」

「ええ……? そうね、頑張るけれど」

「いーや。一人で頑張るより、俺もお前も、どちらかというと他人のための方がバリバリやる気が出るだろ?」

「それもそうね」


 彼女を娶ると決めてからの兄の働きっぷりはすさまじいものだった。父もその様子を見て兄の意見を呑んだのだ。


 同じくレベッカも、ジークフリートとよく似て、自分の為にというより誰かのため、誰かとの未来のための方がずっと体が軽くなる。


 それを見込んで兄は同意したレベッカに少し笑みを向けて言った。


「紹介したい人がいるんだ」




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