19 償い
娘のヘルミーナも同じように続けた。
「そうよね、やっぱり共通点があるのだから和解していい関係を持ちたいわ。そうだ、息子も連れて行って会わせてあげたいの、だってほら、レベッカ様はローベルトととても長い間連れ添っていて、思いを寄せていたのでしょう?」
ヘルミーナの言葉の裏にはきっと下心だけではなくどこか、レベッカを下に見ているような、そんな気持ちも含まれているように見えた。
「わたくしの息子はあの人に似てとてもいい顔をしているから、きっと息子を見たら喜ぶはずよ、お願いします、フォルクハルト様、つなぎ役をしてくださらない?」
「ぜひ! ここまでわたくしどもの復興の為に力を尽くしてくださったフォルクハルト様であればベルナーの繁栄はそれもまた喜ばしいことでしょう?」
二人の懇願を受けて、フォルクハルトは少し視線を逸らした。
たしかに、フォルクハルトが長いこと状況を確認したり必要ならば手続きをして、彼らを支援したことは事実だ。
この国の貴族たちには領地を収める魔力を持った大切な一族であるとともに、家に宝物を守り、これからも守り続けるという大切な義務がある場合がほとんどだ。
もちろん、ライゼンハイマー公爵家にも、ビュッセル子爵家にも、ベルナー男爵家にもそういった物があり彼らを戦争の打撃から立ち直らせて、これからも富を生むそれらの宝物を守ることはフォルクハルトの功績につながるだろう。
それを見越して彼らはこうしてすり寄ってきているのだ。
「……」
ただ、それにしてもその様子、その態度をみてフォルクハルトは、気持ちを抑えるように息を細くして吐き出した。
ふーっと、落ち着かせるようにして吐き出しても、まだ収まる様子がなく不自然に黙った。
……ああ、嫌だな。彼らは勘違いしている。俺が甘すぎたからだろうか。
ぽつりと考えて、気持ちが冷えていくのがわかる。フォルクハルトは誰でも助けを求める人間がいれば手を差し伸べたいと考える人間だ。
特にたまたま立場が弱くなってしまって、どうしようもない彼らの助力をしたい。少しでも生活が良くなればいい。
そういう意思をレーゼル公爵や兄のヴァレンティーンに反発するように持っていた。フォルクハルトは家の方針とは違い冷徹になり切れないところがある。
基本的に、甘えた思考をしている駄目な人間だ。
だからつけこまれる、つけこもうという人の悪意にも晒される、それは効率が悪く合理的ではない、きっと父も兄も間違ってはいないのだろう。
きっぱりと対応してきたつもりだった、彼らに対するフォルクハルトの思いをきちんと伝えてきたつもりだった、それでも足りないらしい。
そして、その汚い欲望にまた、レベッカを巻き込もうとしている。
その事実に自身がとても腹を立てていることに自分でも少し驚いた。
稀にこうして勘違いをされることがあっても、こんなふうに怒りを感じたりしないのに、気持ちを落ち着ける必要があるほど頭に血が上ったのが不思議だった。
「……あのですね。なんというべきか、職務から外れてしまうのでプライベートなことは言いたくないのですが、そちらがそういう願い出をしてきたので言わせてもらいます」
心の底から冷たい声が出て、フォルクハルトはなんだかんだ言っても自分はきっと冷徹になり切れないなり損ないというだけで、結局のところ同じ血が流れている兄と性質は変わらないのだと思う。
怒りに任せてそう思って、今ここには、ブレーキをかける理由もない。
レベッカには見られていないので、にこやかな笑みを消して、自然と眉間にしわが寄った。
「自分はあなた達も加害者だと思っていますよ。一人の女性を傷つけたという点ではローベルトさんとなにも変わりはないじゃないですか」
「え?」
「浅ましく欲に屈して、理性も働かせずに大切な時期によその婚約者と子供をつくり、捨てられたら被害者のつもりとは勘違いはなはだしい。子供を見せたら喜ぶだろう? そんなはずがないでしょう。殴られても文句も言えません」
言葉で感情をぶつければ少しは収まるかと考えた怒りは、さらに増幅されていくような心地がして、歯止めが効かないなとフォルクハルトは思った。
「あなたのことは忘れて前を向いているレベッカさんに縋りついて、屈辱的な思いをさせようだなんて酷く不愉快だ。虫唾が走るといってもいい。レベッカさんがあなたたちを許す道理などどこにもありません」
「い、いや、そんなつもりでは」
「では、どんなつもりで謝罪に向かいたいなどと? 下心がないとは言えませんよね。彼女から奪い取ったくせに、これ以上なにを望むのですか? 強欲に人から物を奪い取ろうとする人間など、盗賊となにが違うのですか、答えられますか?」
「なによっ、謝ってあげてもいい、って言っているだけなのに!」
「傷つけられた人間にとって表面上だけの謝罪なんてどんな意味をもつというのですか。表面上だけではないというのなら、なにが出来ます? 頭を地面にこすりつけて跪くとでもいいますか、それで足りるとでも。自害をする覚悟があったって、自分は良いとは言いません」
「は……え?」
「こ、言葉が過ぎますぞ、フォルクハルト様」
「そんな姿を見せたってレベッカさんは喜びませんから、けれどそこまでできるというのなら一旦は俺が見届けましょうか。今度それとなく伝えておきます。それでいいですね。なにかをしてみてください、謝罪の意思を証明して見せてください、ベルナー男爵、ヘルミーナさん」
彼らの言葉など聞きもせずに、フォルクハルトは考えつくまま口にした。
きっと彼らはほかの事務官にこのことを言うだろうが、事の顛末をしっかりと話す必要がある、それでフォルクハルトが罰されるということはないだろう。
そう、燃えるような怒りの中でも考えた。
「できるわけないでしょ! なによ、突然! そこまでするなんて……おかしいじゃない」
「おかしいかどうかは傷つけられた側しか決められません。おかしいなんて言う言葉が出てくる時点で、自分からすると、そちらがおかしい。自分は、わかってほしいのですよ、ヘルミーナさん。レベッカさんも、そして自分もそのぐらいあなた方に腹を立てている」
「っ……」
「それをわかったうえでまだ謝罪をしたいなどと言うのでしょうか」
問いかけると二人とも、押し黙って言葉を探している様子だった。
そんな二人にフォルクハルトは、怒りを抑えたまま眉間に皺を寄せて笑った。
この提案をいい案だと思ってフォルクハルトに話をしようと意気揚々とやってきた彼らがバカバカしくての苦笑だった。
「理解したなら、ただ静かに彼女の前に姿を現さず、息をひそめて罪を背負って生きていってください。それ以上望まずに生きること、それがあなた方の罰だと自分は思います」
丁寧に告げて、それからベルナー男爵はしばらくしてから、がばっと頭を下げて絞り出すような声で言った。
「その通りにさせていただきます。……ですからどうか、援助金の打ち切りだけは……お、お前も頭を下げろ! 不躾なお願いをして申し訳ありませんでした!」
「お、お願いします……申し訳、ありませんでした」
……結局はそれか。本当に目の前の利益にしか興味がないのか。
彼らの言葉に呆れたような気持ちになりながらフォルクハルトは「仕事に私情は含みませんので」と業務的に返して、貰った書類を持って応接室を出る。
それから廊下を歩きながら自分の言った言葉が酷く嫌味で脅すようで、とてもじゃないがジークフリートやレベッカのような優しい人に好かれるような人間ではないと思った。
レーゼル公爵やヴァレンティーンの顔が思い浮かんで、自分が嫌になる。
それでもぎりっと歯を食いしばって、気持ちを切り替えてから職場に戻るのだった。




