18 謝罪
あらかたの計算を終えて、書類つづりを纏めているとかつかつという革靴の足音が近づいてきてフォルクハルトは顔をあげた。
すでにすぐそばまで来ていた同僚のラファエルはフォルクハルトの肩をポンと叩く。
「ベルナー男爵が到着されたそうだ。まったくお前はマメだな。あちらの家の不始末にまで口を突っ込んでやる奴なんてなかなかいないぞ」
揶揄うみたいに言う彼に、フォルクハルトは「ありがとう」とお礼を言って椅子を引いて立ち上がる。
もちろん、そう揶揄われるほどに真面目腐って見えるのは事実だろう。
しかしベルナー男爵家のことについては、大切な婚約者であるレベッカの問題も関わってくるので、真剣に対応をしなければならないと考えている。
「彼らだけは例外なんだよ。ラファエル」
「おいおい、贔屓はやめとけよ? 最悪解雇処分だぞ。お前と婚約したばかりのレベッカ嬢も悲しむだろ」
「いや、贔屓と言っても特別正しくあるように、っていう贔屓だ。この国にとっていい意味での贔屓だから大丈夫だよ」
含みを持たせてそう言うとラファエルは隣の机に座りつつ、少し考えて納得したように「ああ、そういうことか」と短く言った。
どうやら、フォルクハルトとその婚約者のレベッカが抱えていた問題とその顛末について思い出したらしく、それがベルナー男爵家とも深いつながりがあることも思い出すことが出来たらしい。
そして、腕を組んで頭の後ろにもっていき椅子の背もたれに寄りかかる「目をつけられて、かわいそう……いーや、自業自得か」と呟くように言った。
そんな彼のそばを通り抜けてフォルクハルトは事務室を出て、応接室の方へと向かったのだった。
ベルナー男爵の元へと向かうと、隣には可愛らしくうら若い令嬢がおり、出産を終えてやっと回復した跡取り娘のヘルミーナだということに気が付いた。
彼女とも挨拶をし、その後の話し合いを終えて、彼らが提出した報告書をあらかた確認する。
ヘルミーナは積極的に話し合いに参加してくることはなかったので、今回は勉強の為に同席させたのだろうとフォルクハルトは考えていた。しかしベルナー男爵はフォルクハルトが確認を追えて顔をあげると切り出した。
「ところで、フォルクハルト様、折り入って相談があるのですが」
おずおずと切り出す彼にフォルクハルトは「はい、どうぞ」と短く答える。
すると隣にいるヘルミーナに視線をおくり笑みを浮かべた。
その笑みにほんの少しの嫌な気持ちを覚えたが気にせずヘルミーナへとフォルクハルトも視線を移した。
「この通り、娘も出産を終えて回復しましたしね? わたくしどもを騙したあの男も静かに牢獄で罪を償っていますな」
「そうですね。ヘルミーナさんが実務に復帰できるのは大変すばらしいことです。後継者がきちんと活動できていない状態では領地の安定はありませんから」
その言葉を言いながらもソルンハイムの王族のことを思い出す。
王太子が亡くなったのは、王女がエレノアへと嫁に行ったほんの少し後のことだった。せめて彼女の嫁入りがもう少し遅れていたらと考えない者はこの国にいないだろう。
今のこの国の情勢はヴィルヘルムが不調なことももちろんあげられるが、そういった継承者がいないという意味でも、不安定になっている。
「はい、それは常々実感しています。して、そういうわけでございますし……騙された娘も随分と反省していますので……な、ヘルミーナ」
「ええ、そうね。あの時はわたくしが早計だったわ」
「このように、ですのでなんと言いますか、そろそろけじめをつけるべきかと存じます」
「……はい?」
ベルナー男爵の言いたいことがフォルクハルトにはどうにも察することができずに首をかしげて問いかけるように相槌を打った。
「だから、謝ってあげてもいいって思っているの、フォルクハルト様。あの人に……レベッカ様に」
「ぜひとも、お詫びの品をもって次期ライゼンハイマー公爵の元を訪れたいのです。フォルクハルト様は公爵配偶者の地位を約束されていらっしゃる!」
「……」
「いやぁ、よかった。わたくしどもの誠実さは理解していただけているでしょう? 同じ男に、苦汁を飲まされた者同士、娘とも分かり合えると思うのです」
ベルナー男爵はペラペラとそう口にして、歪んだ笑みを浮かべる。
彼の裏側には、大貴族に取り入ろうとする、見え透いた下心があることはすぐに読み取ることが出来た。




