17 失態
子供のころのアンネリーゼに対して家族はよくこういった。
「いつもうるさい」
「もう少し静かに」
「落ち着きがない」
「出来損ない」
それにアンネリーゼには可愛くて、頭のいい妹がいる。彼女は賢くてビュッセル子爵家にとって大切な存在だ。
だから長女だけれども後を継ぐことはできないと父と母に言われた。
そして、構ってもらうことも少なくなって、出来たことよりも何故だか失敗したことの方が多いみたいに言われるようになってアンネリーゼは自分の無能さを知った。
寂しくて一人ぼっちで、妹をうらやましいと思っていたけれど、だからこそアンネリーゼはならば有能な人間になろうとやる気を出した。
妹よりもずっと長く勉強して、父や母よりも感心されるようにたくさんのことを知って、誰よりも役に立とうと奮闘した。
ビュッセル子爵家はソルンハイム王国の中でもとても端の方にあって珍しく強い効能をもつハーブの農場を運営して、なんとか痩せた土地でも頑張っているが、正直なところ生活は苦しい。
しかしこの場所で、このビュッセル子爵家でやっていかなければならないこともある。
それは、はるか昔から受け継がれている宝物の管理で”天啓の鐘”という物だ。
具体的にはしおれて下を向いたチューリップみたいな形をした小さな鐘があって、ガラスのドームでおおわれている。
台座には魔力を感知する魔石がついていて、問いかけを思い浮かべながら魔力を込めると、鐘が鳴ったりならなかったりする。
それによって神の天啓を受け取り行動ができるというスグレモノなのだが、実際それを利用してお金を稼げるほど便利なものじゃない。
なにせ私利私欲の為に利用すれば、たちまち天啓の鐘についている加護が消え去ってしまうらしい。
しかし長年守られてきたからにはとても大切な意味があって、守ってきたご先祖様たちの思いがある。
そういうことも、家の歴史もアンネリーゼはとても深く学んだ。
けれどもエレノア王国との衝突があり、領地の収入が厳しくなった時、妹が言った。
「やっぱりさ、アレ、あの骨董品、売っちゃえばいいのよ」
「そうねぇ」
「そうだなぁ」
「結構いい値がつくと思うのよ、まぁ、使えるかどうかは別として。本当は皆そう思ってるんでしょ?」
大きなケーキをフォークで崩して口に入れながら、言った。
父は貴金属の手入れをしながら、母はワインをたしなみながらそうしようかと適当に答えた。
そんなことをすれば、天啓の鐘の加護を守ることはきっとできない。それに、まだやれることは沢山あるだろう。
屋敷の中には、それなりにお金になるものがある。使用人だってこんなにたくさんいるのだから、とアンネリーゼはすぐに彼らに意見した。
そこらかはずっと、アンネリーゼ対家族全員の対決が始まり、常に屋敷の中はピリピリとしていて臨戦状態だった。
領地の防衛の為に兵士との連携を話し合いに来たジークフリートにも問題があると見抜かれるほどに、ビュッセル子爵家の中でアンネリーゼだけが浮いていた。
幸い彼がアンネリーゼを嫁に娶って支援をするということでおさまりがついて、領地は今でも豊かではないにしろ、なんとか回っていっている。
それに、ジークフリートの友人であるフォルクハルトの話に乗って援助金を申請したところそれに伴って王都の事務官が一人、監視役として配置された。
もちろん援助金を申請しているのに有り余る家財は必要ないと判断をされ彼らの高級なコレクションはなくなり家計も管理されている。
それに貴族として背負っている宝物の管理という使命もまっとうされていないようならすぐに王都に報告が入り、爵位の返上につながる。
今頃、父と母と妹は真面目に懸命に働いているだろう。
けれども結局ジークフリートがそうしてくれた。アンネリーゼにはなにもできなかった。事実はそれだけで今度こそと決意をすると目が覚める。
……頑張りたいのです、堂々として生きていくために!
そう考えて飛び跳ねるように起き上がって、ベットから降りて伸びをした。
しかしなんだか頭が痛い。昨日は変に眠くなってしまったし記憶があいまいだ。それでも終わらせなければならない仕事も終わっていないはずなので朝一番で取りかからなければと思う。
「おはようございます、アンネリーゼ様……あの昨日、わたくしが部屋に下がった後……なにがあったのでしょうか?」
すでに部屋の中にいて、いつもなら、モーニングティーを用意してくれているはずのエルゼが、とても深刻そうな顔をして問いかけた。
彼女はアンネリーゼの机の方を見ていた。
机の上には、アンネリーゼが任せられている屋敷の管理に関する書類、それから参考にレベッカが書いた資料を借りてきて置いてあったのだ。きちんと整理整頓して置いてあったはずだ。
そのはずが、インクが倒れて借りた資料も、これから記載するための用紙もすべてが台無しになっていた。
「……」
さぁっとアンネリーゼは血の気が引いた。
先日のお茶会で仲良くなってから、管理に関する書類の書き方がわからないという話をすると、レベッカは快く貸してくれたのだ。
もとよりレベッカは今のアンネリーゼに近い立ち位置になる予定で仕事を学んできた。おのずと、彼女に話をすると解決することが多く、彼女と交流を持つことが出来てとてもよかったと思った。
しかし、それは借り物で、きちんとした保存の必要な書類には間違いがない。
それをアンネリーゼを信頼して貸してくれたというのに……こんなことになろうとは考えてもいなかった。
「わ、わかりません! こんなことをした記憶はないのです、ただすごく眠くなって……それから、思い出せないんです、でもベッドで眠っていて、わ、わたくしが悪いのでしょうか?」
気が動転してそのままアンネリーゼはエルゼに問いかけた。
「わたくしにもわかりませんよ! でも、なにか夜盗が襲ってきたということでもないのなら、ほら! すぐに、まだ汚れていない部分だけでもすぐにより分けるべき━━━━」
「あ、またエルゼ様が怒ってますわ。酷い、少し失敗しただけじゃあありませんか……ね、アンネリーゼ様」
いつの間にかやってきていたミリヤムがエルゼを批判しつつもアンネリーゼのそばによる。
それからそっと肩に手を乗せた。
「誰だって失敗することもありますよ。……だって、身の丈に合わない大役を演じようとしているのですから、仕方ないのです」
「…………」
「とにかく、急いで片付けますよ! ほらミリヤムも手伝ってください!」
…………身の丈に合わない………ただのフォローのつもりなのかもしれませんが……ぐっさり来ますね。
ミリヤムの言葉にアンネリーゼはただ固まって俯いた。
それから、家族たちと同じように、こいつはダメだという目線を送ってくる失望したレベッカの顔を思い浮かべる。
そうすると胸が痛くなるほど苦しくて、ジワリと視界がにじんだのだった。




