15 特別扱い
「お待たせいたしましたこちらへどうぞ、レベッカ様」
ヴィルヘルム国王の側近である二十代半ばごろの女性に案内されてレベッカは王の私室へと案内された。
恭しく頭を下げて、彼女はヴィルヘルム国王のそばへとついた。
レベッカはヴィルヘルム国王へと淑女礼をし、ひさしぶりに対面した王のことを眺める。
髪からひげまで真っ白で、青白い肌に、皺の多い顔面、一人かけのソファーの肘掛けを握っている手は、骨と皮だけのに見えるほどやせ細っていてとても父と歳が近いとは思えない。
……まるでもう精も根も付き果てた老人のようだなんて失礼だけれど思ってしまうわ。
「……国王陛下、お久しぶりでございます。近頃はパーティーでもお姿を拝見いたしませんから、お加減が悪いのかと案じておりました」
その瞳はどこを見ているのかわからないほどに動かずに、ただ一点を見つめている。
こうしてやってきたレベッカのことも見ているのかいないのかよくわからない。
けれどもゆっくりと聞き取りやすい声で丁寧に言った。
するとヴィルヘルムはゆっくりとレベッカの方へと視線をやってそれから「ああ……」と感嘆するような声を漏らし、いつの間にかその瞳はレベッカをとらえている。
「よく来てくれた。たしかに久しい、さぁ、かけて、今日は好物をたくさん用意したぞ」
「ありがとうございます」
穏やかに言うヴィルヘルムにレベッカはローテーブルに置かれているお茶菓子を見つめて思う。
……好物……ね。
お茶菓子はどれもフルーツをふんだんに使った物ばかりで、ゼリーやムースなど軽めの物が多かった。
レベッカはこれと言ってお菓子に好みがなく、これが好きという物もあまりない、彼はもしかして誰かとレベッカを間違えているのかそう考えた。
「して、レベッカ。公爵となるのに当たってとても良い婚約者を見繕ったそうだな。レーゼル公爵家の若者だろう。見かけたこともある、それに話もしたこともあったか、あれは良い若者だ、レベッカ」
「……はい、とてもいい人です」
「おや、いい若者であることは素晴らしいことじゃが、おなごからいい人などと言われる男とは少々気概が足りないのかもしれぬ」
「ふふっ、そうですね。とてもゆっくり交流を深めています」
「男たるもの不躾と思われようとも踏み込んでゆくべきだと通達をしておこうかのう」
「あら、御冗談を。今のままで私はとても楽しい日々ですもの」
「ああ、冗談じゃ、やはり其方と話をしていると気分が休まるのう」
ヴィルヘルムはとても優しげな表情でレベッカにそう言う。
名前も呼ばれているしどう考えてもレベッカのことを認識しているはずなのだが、やっぱりそれでも少しだけ不思議だった。
……昔から、この人は私にとても優しいのよね。今回は爵位継承者になって婚約者が出来たことの報告があったから来たけれど、そういったことがなくても年に何度かはこうして話をする機会を設けてもらえる。
跡取りでもなく、爵位取得を目指しているだけの子供と話をする国王など滅多にいるものではないが、損をするわけでもない。
実際にアドバイスをもらえたりと有益なことばかりだ、特別扱いをされているのだと思う。
けれどもその心当たりがないということと、たまに感じる違和感が気になるぐらいでヴィルヘルムと話をするのはそれなりに楽しい。
それに最近、体調も悪く、心のバランスを崩すことが多いと聞くヴィルヘルムが少しでも元気を取り戻す手伝いになったらいいと思っている。
彼は王妃を早くに亡くし、そして数年前、たった一人の大切な王太子も失った。そこからだ、ヴィルヘルムの行動を誰も理解が出来なくなり、仲の良かったはずの隣国との戦争を始めたのは。
だからこそ、こうして話をすることで少しでもよくなるならとレベッカは出来るだけ明るい話をしたのだった。




