13 優先順位
そろそろお開きにしようかというころ、侍女が来客を告げ、やってきたのはジークフリートのようだった。
彼はすこしぎこちない笑みを浮かべながらもレベッカに言った。
「迎えついでに、二人が仲良くしてくれたか見に来たんだが……どうやらその必要もなかったみたいだな」
ジークフリートがそう断定したので、レベッカは部屋の外まで話し声が聞こえてきたのだろうことを察する。
「ええ、それはもう。お兄さまったらいらない心配よ。アンネリーゼとはなんだか馬が合う気がするのもの」
「そ、そんな! レベッカ様、嬉しいです……嬉しいけど! でもわたくしまだまだレベッカ様に認めてもらえるほどきちんとした貴族女性じゃないのです!」
彼女はまだまだこれからマナーを学んで教養を身に着けてと自分に足りない部分を指折り数えてレベッカにもジークフリートにも見せる。
たしかにこういう仕草から見ても、彼女は歳のわりに幼く、社交界に出ればやはり田舎者だと意地悪な人がいれば笑うかもしれない。
けれど兄は、その様子に仕方ないなとまたデレデレとした笑みを見せる。
「おいおい、そんなの今すぐどうにかならなくたっていい」
「そんなことをおっしゃらずに! わたくしは明日にでも誰とお茶会をしても恥ずかしくない女性になりたいのです!」
「そんな翌日にはなんでもこなせるようになってたら、俺はお前がどこに行ったのかと探してしまうぞ」
ジークフリートは笑みを抑えきれないような笑い方をしていて、アンネリーゼの言葉に如何にも適当みたいに答えた。
「ほら、そろそろ行こう、夕食の時間だ」
「あ、はい! 本日はお招きいただきまことにありがとうございました! レベッカ様!」
「ええ、こちらこそありがとう。楽しかったわ。またいらして」
アンネリーゼの言葉にレベッカは答えてぶんぶんと手を振る彼女を見送る。
彼女の後ろにはきっちりとした侍女と優しげな侍女がついていって、最終的に扉がぱたんとしまる。
それからカリーナがふうと息をついたのが聞こえて「嵐のような人ですね」と口にする。
その言葉にレベッカは深く頷いたのだった。
当日の夜のうちにジークフリートがレベッカの部屋へとやってきた。
元々そういう予定だったので書類をわたし、フォルクハルトの言葉を伝え、しばらくそれに関する話題をある程度話したところで、ジークフリートはレベッカのことをちらりと見た。
書類から顔をあげて、机にいるレベッカがどういう感情をしているのか読み取ろうとしている。
ばっちりと目が合って、ジークフリートはとても平坦な声でレベッカに言った。
「……あの子はなにか粗相をしなかったか? 相手を選ぶ言葉を平気で口にするときがある。本人も自覚しているらしいが」
その言葉に、本当にレベッカがアンネリーゼのことを悪く思っていないかという探りを入れているのだなとわかった。
兄はあまりマメな人物ではないのだが、彼としてもレベッカとアンネリーゼの問題のデリケートさに気が付いていて、なにかすれ違いが起こらないように細心の注意を払っているらしい。
……それだけ惚れこんでいるとも言えるし、それだけ私に気を使っているともいえるわね。
彼の行動をそんなふうに表して、レベッカは少し考えて返した。
「いいえ、とても直球な言葉を選ぶ方だとは思ったけれど」
「そうか、不快に思うようなら交流を控えさせる。いつでも言って欲しい」
「……」
「アンネリーゼとお前の関係はあまり簡単ではないからな。俺が立場を放棄したばかりに」
兄は書類を見ている体をやめてレベッカの机の上に置き、レベッカをきちんと見据えてとても難しい顔をした。
「ただ、アンネリーゼを助けると誓った。でも俺はお前のおにいちゃんだってことも俺の中ではまったく変わらない」
「悩んでいるの?」
「……一応な。この悩みをアンネにいうわけにもいかないが、アンネに言ったところで、もちろんそれで構わないと言いそうだし」
元気な彼女を思い出して、レベッカはたしかにアンネリーゼはそう言って素直に受け取って、よし明日からもまた頑張ろうとどこかに向かって突っ走っていきそうだと思った。
しかし、結婚というのは一応、便宜上妻を一番大切にするということで、レベッカだってフォルクハルトが兄妹を優先していたらすこし不満に感じるかもしれない。
「それを言わせたくもないし、ただ……俺はずっとお前の味方だ。情けないおにいちゃんを許してくれた、信頼できる妹を俺も助けたい」
「お兄さまは人を助けるのが本当に好きね」
「当たり前だろ、俺は強さだけはあるんだから、いざという時でもそうじゃない時でも手が届く範囲なら手を伸ばすさ」
兄は目を細めて笑う。金髪のお揃いの髪がさらりと揺れて、いつも腰に携えている剣は人を救うためだけにあるものだ。
なんとなく見つめているとジークフリートはおもむろに手を伸ばしてきてレベッカの頭をわしわしと無造作に撫でる。
兄の手の暖かさをじんわり感じて、アンネリーゼもこれが好きだったのだろうと思う。
大きな手に褒められる感覚がなにより嬉しかったのだろう。
だからレベッカはこれきりにしようと思った。ジークフリートはアンネリーゼのものだ。
そしてそう言葉でも伝えて、助けてくれるのは嬉しいし心強いけれど、一番はやっぱりお嫁さんにしてあげてと言うべきだと思う。
けれども、そう明確にジークフリートに言うのはまだ少し惜しくて、レベッカは話を逸らす。
「お兄さまが悩んでいるのはわかったけれど……でもその悩みは、アンネリーゼと私が対立した時にだけ、どちらか決めなければならなくなるという話でしょう? ならまだ答えを出さなくたっていいんじゃない?」
「……」
実際に仲良くなっているしアンネリーゼはとても良い人で、きっとこれから家族とも馴染んできっとうまくやっていく、本人が毒のない人なのだ、兄が気を使っていればそうそうすれ違いも起るまい。
だからこそその話は今度でも、いつかでもいいはずだ。
しかしレベッカはそう思ったけれど、兄はどうやら違う考えをしている様子で、打ち明けるようにレベッカに言った。
「……それが、母上との関係があまりよくない。なんでも予定や誘いを無視したり、わざと遅れてやってくるらしい。俺との約束ではそんなことはないんだが」
「そういえば、私も同じだったわ。アンネリーゼと会ってすっかり忘れていたけれど……お茶会の時も一時間遅刻をしてきたのよ」
「そうか、やっぱりか……悪かったな。レベッカ」
「いいのよ。気にしていないわ。それよりもどういうことなのか気になるわね」
「ああ、それにアンネの連れている侍女のきっちりとしているほう……エルゼというらしいが、彼女も屋敷の者と揉めて問題を起しがちだ」
ジークフリートの言葉に、それは心配も悩みもするなとレベッカは納得した。
しかし、嫁入り先にまで連れてきた使用人となるととても重用している使用人なのだろうし、下手をしたら家族よりも親密な絆があるかもしれない。
そこに踏み込んでいくのは難しいことだ。
対処に困るだろう。
「原因を見つけて潰したいが、どうにも俺が絡むとまったく問題が無くなる、だからレベッカ、もしなにかあったらぜひ情報が欲しい」
「ええ、わかった」
「頼んだぞ」
真剣な表情をした兄はそうして、言葉を残して去っていく、レベッカも少し気を張った方がいいなと考えたのだった。




