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11 アンネリーゼ



 昼下がりの温かな日差しがバルコニーに繋がる掃き出し窓からさんさんと降り注いでいる。


 ソファーの肘掛けに肘をついてレベッカはしずかに思考していた。


 いくら考えても今日のこの時間にと手紙を送ったという結論しか出ないし、了承の返事はまちがいなく届いている。


 ローテーブルの上に乗せられた小ぶりなスイーツや軽食がキラキラと輝いていて、すぐにでも美味しく食べられてしかるべきである。


 しかし肝心のアンネリーゼがやってこないので手を付けられることなくテーブルの上のオブジェになり下がっていた。


 時間を確認すればすでに三十分以上が経過しており、カリーナは部屋の外に待機している侍女に何度も確認をして、本当にやってきていないのかと数回問いかけた。


 けれども答えは変わることなく、レベッカは足を組みなおして、窓の外を見る。


 この応接室はバルコニーへと出ると庭園を一望できるとてもいい位置にある部屋なのだ。


 なのでソファーに座って窓の外を眺めているだけでも気分が華やぐ。


 そうして落ち着いてからなんだか逆にここまでくるとアンネリーゼの事情が気になって根気強く待ってみようと言う気持ちになったのだった。




 丁度、時計が一周したころ。つまりは一時間が経過したのと同時に、目を細めて笑みを浮かべるアンネリーゼが入室してきた。


「本日は、お誘いいただきありがとうございます! レベッカ様、わたくしアンネリーゼと申します。ご存じの通りビュッセル子爵家出身です、この日を楽しみにしていました」


 彼女ははじけんばかりのフレッシュな笑みを浮かべて元気に言う。


 その様子にレベッカは面食らって、ついいつものように「どうぞかけて」とソファーを指し示す。すると彼女は、先ほどの元気な言葉とは打って変わってそろりそろりと移動して慎重に腰かけた。


 その慎重さはまるで何かの試験に望んでいる受験生の様で、きっちり腰かけた後にほっとして、ふうと、ソファーの背もたれに体を預ける。


 モスッと沈みこんでから、ハッとしてしゃんと背筋を伸ばしてレベッカに対してすぐに視線を向ける。


「あら、気楽になさってください。私たちは、義理とはいえ姉妹ですもの」


 反射的にレベッカは言葉を返していた。


 すると途端に彼女の瞳はきらりと輝いて、瞳の中に星が見える。


「お気遣いありがとうございます! けれど、王都でのきちんとした生活の為にはマナーを身につけなければいけません! 厳しく接してください!」

「と、とても殊勝な心掛けをしているのね。……あの、随分、舞踏会でご一緒したあなたとは印象が違うように感じるのだけれど」


 彼女のはきはきとした子供のような話し方に、レベッカは、ともかく聞きたいことは沢山あってその中でも一番気になるものを口にした。


 本当は、遅刻の理由だとか、誘いが届いていたのかとか、田舎から出てきてやはり大変かとか、実家の件の書類の話など山ほど話題があったのだが、なにより気になったのはアンネリーゼの変わりようだ。


 兄の隣をしずかに歩いて、寄り添ってニコニコとしていただけの美人だったし、こういうしずかな人が兄はタイプだったのだろうかと思ったのは記憶に新しい。


 ジークフリートはずっとアンネリーゼにデレデレとしていたので、それが素なのだろうと考えていた。


 けれども彼女を目の前にしてみるとどうやら違うことが発覚し、レベッカの問いかけに、アンネリーゼはしょぼしょぼとしぼんでいき、項垂れてしまった。


「そうでした。突然のことで驚かれましたよね。まだレベッカ様にはご挨拶していない状態で、舞踏会もありましたし」

「そうね、しずかな人なのかと思っていたから」

「わたくしは、なんと言いますかあまり回りに合わせるのが得意ではないのです! レベッカ様」

「え、ええ」

「ですから、人が多く不特定多数の人と会う場では、間違った言葉を使って相手を不快にさせたり変な誤解を生まないようにですね!」

「うん」

「黙ることにしてるのです! そしてソウネ、と大体言っております!」


 彼女は言うごとにどんどんと前のめりになっていき、最終的には身を乗り出してレベッカにキラキラとした瞳を向ける。


 彼女の連れている侍女のうち一人が、前に出て「アンネリーゼ様」とピシャリという。彼女は鋭い視線をアンネリーゼに向けて、アンネリーゼはちらと見てシャキッと姿勢を正した。


 その様子にもう一人の侍女が、手を口に添えて笑って「まぁまぁ」と小さく言った。


「申し訳ありません、熱くなりすぎました。ともかくそう言った様子ですので、驚かれること、不満に思われることあるかもしれませんが何卒よろしくお願いしたします。レベッカ様」

 

 アンネリーゼはそうして深く頭を下げた。


 普通貴族は身内だとしてもそんなことをすることは滅多にない「頭をあげてください」とすぐに言ってレベッカはこれは相当な相手だと認識した。


 ……相当……相当な変わった人ね。


 他とは違った異彩を放っているというか、衝撃が大きく未だにその人物像を図ることができていない。


 しかしとりあえず、納得はした。


 ……うん、まぁ、そうね、お兄さまが心底惚れて突然跡継ぎの地位から降りるほどの相手だもの、物静かなだけなわけがなかったわ。


 どういう人かはまだわからないけれどそれでも、お兄さまがあんなに愛おしそうに語っていた相手だ。


「……よろしくね。アンネリーゼさん」

「呼び捨てで構いません!」

「……」

「?」

「……アンネリーゼ」

「はい!」


 自分はレベッカに様という敬称をつけことさら敬うような態度を見せていつつも、さらに自分は呼び捨てを要求するとは、それは身内としてどうなのかと考えた。


 しかし、指摘して果たして伝わる気がせずにレベッカはアンネリーゼに対して細かいことは気にしないようにしようと決意したのだった。




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