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1 絆

 

 レベッカは珍しく時間に余裕をもって参加することができた王族主催のパーティーで婚約者のローベルトを見つけた。


 時間に余裕があるといっても、身内へのあいさつ回りや根回しの為に兄や父から離れることのできる時間は少なく、隙を見てどうにかほんの五分、彼の為に時間を作った。


 彼は再三の呼び出しにも応じずに、手紙の返信はいつも適当。


 彼には彼の生活もあるし、成人しているけれど婚前の楽しく自由な時間を満喫したいという彼の気持ちもわからないことはない。


 けれども、それでもレベッカとローベルトは将来を誓い合った仲だ。


 同じ屋敷に帰り、同じ屋根の下で眠って生活を共にすることになる、だからこそ関係をおろそかにはできない。


 ……それに、当初の予定から変わってきているもの。もちろん悪い方向にでは無いけれど、だからと言って放置するような怠慢をしては私の落ち度。


 せっかくよい方向に上向こうとしているときに、二人で同じ方向を向けないのは悲しいわ。


 考えつつも足を動かし、人の合間を縫ってレベッカは重たいドレスを軽々となびかせながらローベルトの元へと向かった。


 華やかな衣装に身を包み、令嬢たちと談笑して羨望のまなざしを向けられている彼を見るとやっぱりレベッカは、彼ときちんと向き合っていきたいと思うのだ。


 それは、もちろん彼の見目が麗しいことだけが理由ではない。レベッカとローベルトの間には長い長い歴史があって絆がある。少なくともレベッカはそれを疑ってはいなかった。


「ローベルトッ!」


 やっと彼の近くまでやってきたレベッカは、息を切らせて声をかけた。


 ふとこちらを向く彼は少しキョトンとしていて、レベッカを見ると表情をほころばせた。


「レベッカ、なんだ、やっと自由な時間が取れたのか? よかったそれなら少しは私に付き合ってくれよ、今彼女たちと……」


 これからの楽しい予定を話そうとしている彼に、レベッカは少し頭を振って意思表示をしつつ、もう一歩彼の傍へと寄った。


「悪いけれどっ……今はまだ時間がないの、ごめんなさいね」


 そばにいた令嬢たちに、レベッカは少し肩を落として謝罪をする。流石にローベルトの友人たちを無視して、提案を断るだけでは感じが悪い。


 配慮はしたいと思っていると伝えるために目線を合わせてそれからすぐにローベルトへと視線を戻した。


「あのね、ローベルト。手紙でも再三言ったように、大切な話があるのよ。簡単に説明することもできないし、誤解がないように伝えたいからきちんと顔を突き合わせてしたい話があるの」

「……」


 それから心を込めてレベッカは真剣な顔をした。けれども不安にならないようにとても言葉を選んで少しだけ笑みを浮かべる。


「大切なことなのよ。あなたにとっても……私にとっても」

「……大切……」


 ローベルトはレベッカの言葉を繰り返し、レベッカは深く頷いた。


 その様子にこうして目を見て話をすればきちんと伝わるのだとレベッカは少しホッとした。


 そして続けて言った。


「ええ、だから出来たら今すぐに、私はまだ少しやるべきことがあるけれど、あなたの時間が取れるならお父さまにお願いして、もう少し時間をもらうわ。控室を一つ借りて話を……」


 しかし途中でレベッカは言葉を失って彼の表情をまじまじと見つめた。


 なんせローベルトは一歩引いて、まるで親に用事を言いつけられそうな子供みたいな顔をしていた。


 …………。


 その表情にレベッカははたと、なにか自分の中で気づきを得たような気がしたけれど、口を引きむすんで言葉を止めることによって思考も停止した。


 するとローベルトはぱっと思いついたようにそばにいた令嬢たちへと目線をやって、言い訳のように言った。


「いや、急にそんなことを言われてもな。というか仕事が終わってないなら声なんてかけに来なくていいのに。しらけるし」

「……」

「それに、彼女たちとの方が先約だ。わかるだろ?」

「……それはもちろん。なら翌日でも、明後日でも構わないわ。話し合わなければならないことが……山ほどあるのよ」

「あぁ、いい、いい。私は、別に話し合わなくたって」


 取りつく島もなく断られ、目の前にいるはずの彼に対してレベッカは酷く距離が遠のいているように感じた。


 それでも、勘違いかもしれないとレベッカは食い下がる。


 けれども、一度取り繕ったはずの彼は、面倒くさくなったのか適当に本性を現わして、笑みを浮かべて言った。


「そんなことより、最近本当に君は付き合い悪いな? 仕事にかまけて……私が社交界でどんなふうに見られているかわかるだろ? やるべきことは君が全部きちんとしてくれているんだからそれでいい、でもだからと言って婚約者を放っておいて良いわけじゃないだろ?」

「……」

「もっと私に寄り添ってくれなければ。君はたしかに悪くない女だけれど、それだけだろ? 私は別に、君のほかに当てがないわけじゃない。楽しい時間を共有できない結婚相手なんて虚しいだけだろ?」


 ローベルトがそう口にすると、そばにいた令嬢のうちの一人が「そうよ。そうよ。ローベルト様は寂しがってるわ」となぜかレベッカを責める様な声をあげる。


 ……たしかに、私は、公爵家の身でありながらも爵位継承者ではないわ。けれどそれは元々だし、父や兄を補佐するために分家として爵位を賜る予定もある。


 だからこそローベルトを婿に貰い、下級貴族としてだけれど彼と生活をしていくことになっていたのだ。


 とてつもない優良物件というわけではないけれど、それでも悪くはないはずだ。そのための努力も重ねてきた。


 それもこれもきちんと知っているはずなのにローベルトは……。


 そこまで考えてレベッカは、無言でそのまま身をくるりと翻した。


「おい? ……レベッカ!」


 背後からローベルトの声がする。しかし振り返ることはしなかった。


 なぜならこのまま彼と向き合えば、レベッカは彼のことを糾弾してしまう気がしていた。


 たしかに、社交界での交流はもちろん必要だし彼はただ遊んでいるわけではないはずだ。けれども、何事もまず基盤の生活があってこそである。


 それをないがしろにしては、立ち行かなくなってしまうだろう。


 数歩歩くと人々の楽しげな喧噪にまぎれてローベルトの声が聞こえなくなって、彼は追いかけてくることもしない。


 自身にも関わる重要なことだ。大切な話だ。レベッカとローベルトの。


 ……私とあなたの。


 けれど彼の態度では、二人の、ではなく私だけのことみたい。


 それって、あなたは怠慢ではないの? あなたは間違っていないのかしら?


 一度浮かんだ疑問はとめどなくあふれる。落ち込む暇もなくすぐに父や兄の元へと戻るが、レベッカはそれから上の空だった。


 その場で責めることもできた。しかしそれをしなかったのは、きっとレベッカの中にまだ自覚もできていないような彼に対するあきらめの気持ちが生まれたからに他ならないのだった。





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