第92話 ゴブリンテイマー、形勢を逆転させる_
ゴブリンテイマー、形勢を逆転させる
「なぜ私が捕らわれねばならないのです」
ジリジリと近寄ってくる兵士に合わせ、エルダネスは円を描くように動いて逃げ場を探す。
一見余裕そうに見える表情も、その額には冷や汗が浮かんでいた。
「なぜ? 何故か……」
エルダネスの問いかけに使者はわずかに笑って答えた。
「それはあなたが今、この場にいるからだよ」
「私がここにいるのは先ほど説明したとおり――」
「そうじゃない。私はね、上司からこう伝えられているんだ」
上司とはティレルのことだろうか。
だとしたらこの使者は、あの女の正体を知って協力しているということになる。
「なんと伝えられているのですか?」
「もしエルダネスという者がこの城の敷地内に現れたら、注意して捕らえるようにとな」
「どうしてです? 私はただの図書館館長ですよ?」
「さぁ、そこまでは私の知ったことではない。ただ、お前には『絶対に王都に来るな』と命じたと聞いている」
なるほど、そういうことか。
ティレルはあの時に、エルダネスには『王城に来るな』と命令を出したのだろう。
だから王城にエルダネスが姿を現すとしたら、それはその洗脳が解けた時。
つまりティレルの計画を邪魔しに来た時であると。
「これは参りましたね。そこまで読まれていましたか」
エルダネスはそれでも逃げ場を求めるように、ゆっくりと場所を移動させる。
使者と兵士も上司が警戒するほどの男であるエルダネスにすぐに手を出せず、ジリジリと包囲の輪を縮め。
やがて使者が元々いた出口の方向にエルダネスが。
使者はシャリス姫の隣まで移動した、その時だった。
「エイル君っ!!」
「ええっ」
突然エルダネスが大声を上げ、慌てた兵士が彼に飛びかかった。
エルダネスはまだテイマーバッグを奪い取っていない。
なのに僕を呼んだということは、何か勝算があるということだ。
「お、おい。あのオッサン、おかしくなったんじゃないのか?」
後ろからそんなニックスの慌てる声が聞こえたが、僕はそれを無視して物陰から飛び出すと、一直線に使者に向けて駆け出した。
兵士は今エルダネスを押さえ込もうと必死で、こちらに気づいていない。
「くせ者がもう一人いるぞ! 捕まえろ!!」
だが一人、使者だけは僕が走り寄ってくるのに気づき、そう叫んだ。
まだ距離は遠く、とてもテイマーバッグが入った袋を奪うことはできない。
補助魔法で体強化をかけたかったが、どうやら魔力はまだあまり回復していないらしく、発動しなかった。
その間にもエルダネスを抑える三人ほどの兵士以外が立ち上がって、突っ込んでくる僕に対し使者を守るように壁を作る。
あれでは今の僕では、もう突破することはできない。
「ダメか……」
諦めかけたその時だった。
「ぐわっ」
そんな悲鳴の直後――
『エイル!! あなたのテイマーバッグよ!!』
そんな声と共に、居並ぶ兵士たちの頭上を越えて何かが飛んできた。
それはテイマーバッグが入っているはずの袋だった。
「シャリス、君か!」
兵士と兵士の間から、僕に向けて親指を立てているシャリスの顔が覗く。
そしてその足元には、使者が顔を押さえて倒れているのも見えた。
一体あの姫様は何をしたんだろうか。
そんな事を考えていると、その姫様がまた叫んだ。
『シャリス姫と呼びなさいっ! それと命令よ――』
驚き戸惑う兵士の向こうから、お転婆姫の命令が届く。
『私を助けなさい!』
「わかりました、姫様っ」
僕は飛んできた袋を滑り込むように掴むと、その口を急いで開く。
そこには間違いなくあの日奪われたテイマーバッグの姿があった。
「ゴブハルト!」
そして僕は力の限り叫んだ!
今の僕の魔力では、普通の魔物であれば召喚することはできない。
だが今の僕でも、最強の戦力を召喚できる。
なぜなら彼はゴブリン。
世界最弱の種族であるがゆえに、最低の魔力で呼び出せる最強の魔物だからだ。
『ゴブゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!』
王城の廊下に恐ろしい咆哮が響き渡る。
「全員を死なない程度に戦闘不能にしてくれ」
『ゴブッ!』
返事をするゴブハルトは既に臨戦態勢で、姿もゴブリンオーガになっている。
そして愛用の二刀の剣を構え、一気に慌てふためく兵士に近づくと、最初の一人の首を剣の腹で打ち据えて昏倒させた。
「な、なんだこの化け物は」
「王城に魔物だと!」
「こっち来るなああ」
「悪魔だ、悪魔の使いだぁ」
たった一人のゴブリン相手に、王国の兵士や他国の護衛が阿鼻叫喚の醜態を見せたなどと聞いたら誰が信じるだろうか。
だけど今目の前で、確実にそれは起こっている。
「お、おいエイル」
「遅かったじゃないか、ニックス」
「大丈夫なんだろうな。僕の治療が必要になるようなけが人は出さないでくれよ」
「わかってるよ……たぶん」
「たぶんってなんだよ!」
僕とニックスがそんな言い争いをしている間に、ゴブハルトという最強の戦士はあっという間に十人以上もいた兵士全てを床に叩き伏せていた。
ちなみに使者は最初にシャリスの裏拳を食らって、既に意識を失っていたらしい。
その話を聞いたニックスは、信じられないと言って頭を押さえた。
「えっ。あの清楚で国民にも優しくて、女神のような笑顔をいつも浮かべているシャリス様が? 嘘でしょ? えっ?」
そんなことをブツブツと呟くニックスに、当の『清楚で優しい女神のような姫様』は呆れたような視線を向けて、こう言い放ったのだった。
「そんなお姫様が現実にいるわけないじゃない。幻想を抱きすぎですわね」
と。