第84話 ゴブリンテイマー、王女からの呼び出しを受ける_
「エイル様。お待ちください」
その声に振り返る。
そこには三十代ほどのメイド服を着た女性が、額に汗を浮かべ息を切らしながら立っていた。
王城に勤めているメイドだろうか。
「えっと……どこかでお会いしましたか?」
名前を呼ばれた以上、相手は僕を知っている。
でも僕の方には彼女の顔に一切見覚えがなかった。
「ここでは何ですので、庭の方へお願いできますか」
「庭ですか? 別にかまいませんけど」
「それでは門兵に伝えておきますので、エイル様はこの道をまっすぐ進み、一つ目の角を右に曲がって細い道に入った先にある休憩所でお待ちください」
彼女はそれだけ言い残すと僕の横を通り過ぎ、門兵の元へ向かった。
そしてメイドに向けて敬礼する門兵を見て「兵士より王城勤めのメイドさんの方が身分が上なのか」と感心しながら、指示された休憩所へ足を向ける。
先ほど来た道を引き返し、一つ目の角を曲がる。
そこには馬車は通れない人専用の道があり、綺麗に整えられた低木の奥へと続いていた。
「ここだな」
道をしばらく進むと右側に小さな泉が見えてくる。
その泉の横に、豪奢ではないが白い石で作られた屋根と椅子、そして申し訳程度の机が備えられた休憩所があった。
「……あれは……まさか」
予想外なことに、その休憩所には既に先客がいた。
しかも、僕の知っている人物だ。
だからこそ、こんな所にいるなんて予想もしなかったのだ。
「やぁ、エイル君」
そう言って座ったまま片手を上げ、男は――旧図書館館長のエルダネスは僕に笑いかけた。
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「どうしてこんな所にいるんですか?」
「どうしてって。私はある意味この国の重鎮の一人だからね。王城にも時々顔を出しているのさ」
そう言う彼の表情は先日会った時と同じく、どこかいたずらを楽しむ子供のように見える。
だがエルダネスはすぐに真面目な顔になり、予想外のことを口にした。
「特にあの偽の部屋に賊が入った時なんかは報告が必要だからね」
「賊って、まさかこの前言っていた?」
「ああそうさ。まぁいつも通りあの部屋を目的の場所だと思い込んで、一網打尽だったけどね」
「怪我とかは……なさそうですね」
「あははっ、私がそんなヘマをするわけないだろう。わざと部屋の鍵を閉め忘れてトイレに行っているふりをするだけの、簡単なお仕事さ」
その時のことを思い出したのだろう。
エルダネスは愉快そうに笑ってそう答えると、今度は僕に向けて問いかけてきた。
「それはそれとして……だ。君はどうしてこんな所にいるのかな?」
「叙勲式が終わって帰ろうとしたんですけど、知らないメイドさんにここに行くようにって言われて」
「メイド……ふぅん。それで警備兵が君を追いかけてこないのか」
エルダネスが言うには、門兵だけでなく王城内には様々な所に兵士がいて監視をしているらしい。
それは庭師だったり貴族のようだったりと、一見して兵士には見えない姿でいることも多いのだとか。
「あのメイドさんのこと、エルダネスさんはご存じなのですか?」
「いや、さすがに『メイド』という言葉だけじゃわからないよ。この王城に一体何人の使用人が働いていると思っているんだい、君は」
呆れたように肩をすくめるエルダネス。
そんな様子からすると、僕をここに呼び出したのは彼ではないということだ。
僕はてっきり先に指定された場所にいた彼が、メイドに頼んで僕を呼んだのだと思っていたのだが。
じゃあ一体誰が。
「おや、君に声をかけたメイドさんが来たようだよ。――おや、あのメイドは……」
エルダネスと話しているうちに、あのメイドがやってきた。
だけど僕にそのことを教えてくれたエルダネスは、彼女の姿を目にして目を見開く。
どうやらやはりそのメイドのことを知っているようだ。
「エイル様、お待たせしました――あら? エルダネス様。どうしてこのような所に?」
ちょうど僕の陰になっていて気づかなかったのだろう。
近くまで来てやっとエルダネスの存在に気づいた彼女は、驚いた様子でそうエルダネスに問いかけた。
「いつもの用事でね。ちょっと訳あって王に謁見して連絡しておこうと思ったんだけど、門前払いされちゃってさ」
それでどうしようかと考えをまとめながら歩いていたらこの場所にたどり着き、休んでいたらちょうど僕が来たというわけらしい。
「まさかこんな所でエイル君に会うとは思わなかったけどね。あ、もちろん君ともね」
「そうですか。ところでエルダネス様はエイル様とお知り合いなのですか?」
「少し前に友人からの手紙を届けてもらってね。それで色々話して意気投合したんだ」
意気投合なんていつしたのだろうか。
僕は否定の声を上げようと口を開きかけた。
だが僕よりメイドの言葉が先だった。
「なるほど。ではせっかくですので、エルダネス様もご一緒に来ていただけますか?」
「どこへだい?」
「それはもちろん――」
メイドは背後を振り返り、低木の向こうにそびえ立つ王城を見上げてこう告げた。
「我が主、シャリス=ウィリス様の元へです」