第79話 ゴブリンテイマー、王女の涙を見る
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「ううっ、重い……」
ラスミ亭で酒を飲み、そのまま眠ったシャリスをそのままにしておけず。
かといって彼女を探している兵士たちを読んで引き渡すにも行かなかった僕は、彼女をとりあえず自分の部屋に寝かせることにした。
「階段で体力を使い果たしちゃったよ」
さすがにここでゴブハルトを呼び出す訳にもいかず。
夜の一番店が忙しい中、看板娘のカスミに手伝いを頼むのも気が引ける。
僕はカスミに支払いだけ済ますと、自分自身に体強化の補助魔法を掛けて彼女を背負い食堂を後にした。
部屋に入り、一旦眠っているシャリスを椅子に座らせ鍵を閉める。
その後もう一度、今度はルーリに教えて貰ったお姫様抱っこで持ち上げた。
シャリスにはこのまま眠っておいて貰いたいので部屋の灯りは付けないが、窓からの月明かりで十分部屋の様子はわかった。
「お姫様をお姫様抱っこすることになるなんて思わなかった」
僕はそのままベッドに近寄るとシャリスをゆっくりとその上に降ろし――
「う、うーん。まぁちゃん……逃げちゃ駄目でしょ……」
突然シャリスに腕を引っ張られ、油断していた僕はバランスを崩した。
そしてそのままシャリスの上に重なるように倒れ込んでしまう。
「っ!?」
「まぁちゃん……大きくなったねぇ……すやぁ」
そうしてからシャリスは倒れ込んだ僕を両手で抱きかかえると、そのまま寝返りを打つために体を捻った。
何が何だかわからないまま、僕はベッドの上に転がされる。
向かい合ってベッドの上で横になる僕とシャリス。
勢いでウイッグとサングラスが外れ、共にベッドの下に落ちてしまったようで、美しい金髪がさらりと彼女の顔に 掛かった。
「シャリス?」
僕の声に彼女は応えない。
酒のせいか、うっすらと朱に染まった頬。
開いた唇からは酒の匂いを含んだ吐息が僕の鼻に届く。
そんな距離で僕は身動き一つも出来ない。
瞬きも忘れて目の前のシャリスの顔を見つめ――
「涙?」
シャリスの閉ざされた瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちてベッドに小さな染みを作った。
眠る前まではあれほど上機嫌ではしゃいでいたのに。
「私……行きたくない……よ……まぁちゃん」
「行くって何処へ行くんだよ。それにまぁちゃんって誰なんだ」
眠ったままの彼女から返事が返ってくるわけが無い。
だけど僕はそう問い返してしまう。
そういえば僕はまだシャリスがどうして護衛の兵士たちを撒いて逃げたのか。
その理由を聞いていなかった。
酒の席でははしゃぐ彼女の商隊がバレやしないかとひやひやしていてそれどころでは無かったからだ。
「何か事情はあるんだろうけど」
僕はシャリスの手を握って、抱きしめられた拘束を解きベッドの脇へ転がる。
そのままベッドサイドから立ち上がり、彼女の足下にまとめられていた掛け布団をゆっくりと掛けて一息つく。
「ふぅ。焦った」
正直言えば今でも心臓の鼓動は激しく鳴り響き止まらない。
もしシャリスの涙を見ていなければどうなっていたか。
「助かった……と言って良いのかな」
酔った勢いであろうと無かろうと、一国の姫に手を出したなんて極刑は免れないだろう。
それが例えベッドに押し倒したのが姫の側だったとしてもだ。
「それにしてもどうして泣いたんだろう」
疑問は膨らむが、眠っている姫を起して聞く訳にもいかない。
僕はクローゼットから予備の毛布を取り出すと、部屋の隅に移動してそれに包まる。
「ゴチャック。あとはよろしく」
『ゴッ』
ラスミ亭の上で周囲を警戒してくれているゴチャックに続けての監視をお願いして僕は目を閉じる。
瞼の裏に、先ほど間近で見たシャリスの顔は浮かんで眠れそうに無い。
そう思っていた僕だったが、昼間の疲れのせいでゆっくり意識が遠のき、すぐに夢の世界へ旅立ったのだった。




