第76話 ゴブリンテイマー、王女と出会う
「大丈夫ですか?」
「痛っ。あまり大丈夫じゃない……かも」
差し出した手を握り返し、立ち上がろうとした少女。
だがどうやら足首を捻ってしまったらしく、その場にしゃがみ込んでしまった。
「あっ」
そしてその拍子に、目深に被っていたフードが後ろに落ちて顔が見え。
慌ててフードを被り直したが、少女の美しい金髪と美しい青い瞳は、僕の目に焼き付いた。
「……くじいちゃったみたい」
「避けようとして、変な方向に力が入っちゃったんですね」
「どうしよう……これじゃあ逃げられない」
逃げる?
その言葉に何やら不穏なものを感じた僕の予感は、直ぐに現実となって現れた。
「いたぞ! あそこだ!」
少女が飛び出してきた路地の奥に一人のローブ姿の男が現れると、こちらを指さしそう叫んだ。
内容からすると、他にも仲間がいるのは確実で。
「追われてるの?」
「ええ、でも足を捻っちゃったから、もう逃げられないわね」
少女は足首を押さえながら、がっくりと肩を落とす。
突然飛び出してきたのは少女の方だし、僕が悪いわけでもない。
なのにその姿を見て、罪悪感が心を埋めている。
「どうして追われてるんです?」
「……それは……言えないわ」
「じゃあ一つだけ答えてください」
「えっ」
「あなたは何か犯罪を犯して追われているわけではないんですよね?」
不思議そうにフードの奥の青い瞳で僕を見返していた少女は、その言葉に小さく首を縦に動かす。
「ええ。別に私は犯罪者じゃないわよ」
「良かった。それなら僕に任せてください」
本当はもう少し詳しい話を聞いてから判断したかった。
だけどそんなことをしていては、仲間と合流したらしいフードの男たちに捕まってしまう。
「ゴブハルト! ゴチャック! 出てきて」
テイマーバックに手を当て、そう告げる。
少女は目の前に突然現れた二人のゴブリンに、目を丸くした。
「ゴブハルトはこの子を背負って僕に付いてきて。ゴチャックは後ろから追ってくる奴らを少し足止めしたら、合流して!」
『ゴブッ!』
『ゴブッ!』
返事と同時に、ゴブハルトが少女を軽く担ぎ上げる。
「きゃっ」
「大丈夫、僕はテイマーなんです。少し揺れるかもしれませんが、我慢してくださいね」
そして自分自身とゴブハルトに身体強化の補助魔法をかけ、男たちとは反対方向へ駆け出した。
途中で後ろから「ぎゃっ!」「なんでこんな所に魔物がっ」という声と悲鳴が聞こえたが、後ろは振り返らない。
「ゴチャックに殺すなって言い忘れてたけど、大丈夫だよね」
「殺す……って。王都で魔物に人が殺されたりなんかしたら、大変なことになるわ」
「だ、大丈夫だよ。僕はきちんと『足止め』って言っておいたし」
少し冷や汗を垂らしながら三つほど角を曲がる。
王都の地理に詳しくない僕は、既に今自分がどこを走っているのかわからなくなっていた。
『ゴブッ』
「ゴチャックか。どうだった?」
『ゴブブブッ』
「そっか、良かった。それならもう走らなくてもいいか」
途中で合流したゴチャックと僕が話をしていると、ゴブハルトにお姫様抱っこされていた少女が恐る恐る尋ねてきた。
「殺してなんてないわよね?」
「うん、それは大丈夫。少し転ばしてきただけだってさ」
「それなら安心ね」
ゆっくりと走る速度を落とし、近くの路地に入り込んだ僕らはそこで一旦休むことにした。
ゴチャックが言うには追っ手は完全にまくことができているらしいが、一応用心のために周囲の監視を頼む。
「痛っ」
逃げている間にすっかり脱げてしまったフードを被り直すこともしないまま、彼女は小さく悲鳴を上げる。
「随分腫れてるね」
ゴブハルトに路地裏にあった箱の上に座るように優しく降ろされた少女だったが、足首の痛みは増しているようで、足首を押さえて少し涙目だ。
さて、つい見ず知らずの女の子を助けてしまったが、犯罪を犯していないというのは彼女の言葉だけで、本当かどうかはわからない。
もし本当は彼女は泥棒か何かして追いかけられていたのだとすると、僕は犯罪者の逃亡を幇助したことになる。
「その足、治してあげるから少しだけ話を聞かせてもらってもいいかな?」
そう言うと、彼女は少し涙を浮かべた瞳で僕を見つめ返す。
青い瞳に、僕は吸い込まれそうになる。
「……あなた、もしかして私のことを知らないの?」
「えっ?」
質問への彼女の返答は、了承でも否定でもなく。
まるで自分を知っているのが当たり前だというような言葉で。
「その顔。本当に私のことを知らないのね」
彼女は小さく痛みに堪えるように吐息を吐くと、首に提げていたペンダントを取り出して手のひらに置いた。
「これは……どこかで見たような」
彼女の手のひらにある複雑な形をしたペンダント。
その形を、僕はどこかで見たような気がした。
「どこの田舎から来た旅人さんなのかしら」
「えっと……かなり遠くから来たんで、王都のことはあまり」
「いいわ。教えてあげる」
彼女はそう言うと、手のひらにおいたペンダントを指で掴んでこう言った。
「これはこの国の王家の紋章よ」
「王家の……あっ、あの召喚状に書いてあった」
見たことがあるはずだ。
王家からの召喚状に、きっちりとはっきりとこのペンダントと同じ絵が描いてあったじゃないか。
ん?
だとすると、そんな王家の紋章を持っているこの子って……。
僕は恐る恐る彼女の手にぶら下げられたペンダントを指さしながら問いかける。
「もしかして君……いや、あなた様は王家の方なのですか?」
「そんなにかしこまらなくていいわよ。私は助けてもらったんだし」
彼女は問いかけに否定もせずそう答えると、ペンダントを胸元に戻してからこう告げた。
「私はこのウィリス王国第三王女。シャリス=ウィリスよ」




